第10話 後悔しない選択肢 二
「あんたは……」
見覚えがある男性。
見かけたことがない人だったから逆に記憶に新しい、俺は今日……この人に出会ったことを憶えている。
だけど――――
「(〝
こんな禍々しい人だった記憶はない。
今目の前にいる人は、人だったものだ。
普通の人の形に、真っ黒に染まった両目、肌の色も灰色に変色している。
「何でこんなとこに……?」
「いやぁ、探しものをしていてね。もう少しで見つかりそうなんだ。あっ、そう言えばあの時は名乗ってなかったね、僕は
「陰陽師……」
「君も知っている側だろう? だって呪力を扱えているもんね」
俺が? 呪力を? どういうことだ?
ふと、自分を見下ろすと右腕から黒い煙のようなものが舞い上がっていることに気が付いた。
「あれ、自覚がなかったのかい?」
「……あぁ、えぇ。けど、あんたも〝
「ん?? ここは〝写し世〟だよ? 呪いが生まれ、育ち、住む世界なんだから当たり前じゃないか。だから君にも
なるほど……〝写し世〟ってのはそういう世界のことを言うのか。
ってことは、俺がいつも見ていたクソみたいな景色は〝
「いや、そこまでは詳しいことは知らないっす。こういうのは、昔っから見えてたもんで」
「昔から……っていうのは?」
「まんまの意味っすよ。子供の時から
心が言った、一昨日というワードに弓削がピクリと反応を見せた。
「一昨日?」
「いや、ホント。ビックリしちゃいましたよ、真っ黒なもんが空を飛んでるなぁ~消しとこって、そしたら〝写し世〟にドボン。そっからなんやかんやで、普通の生活に戻れなくなったって感じっすねー」
「っ!――――そうか……あれは君の仕業だったのか」
心が言う真っ黒なものというのは、弓削が作り出した偵察用の式神のことだろう。
それは、弓削が常に沖ノ連島全体の情報を更新しておきたくて空に飛ばしていたものだった。
てっきり……癸の人間に破壊されたと思っていた。
現実世界で呪術を使用することは、陰陽庁によって禁じられているからだ。もしも使用していることが分かったというなら、それは癸が得意とする結界術のみ。
だから正直に言えば焦りはあった。
しかし、あれはこの少年が破壊したものだったのだ。
にやりと自分の口角が上がっていく。
「そうか、そうかそうか。おかげで色々繋がったよ」
「?」
昔から〝呪い〟見えると言った。
一昨日、初めて〝写し世〟に来たと言った。
つまり……彼は陰陽師ではないのに、呪力を祓う術を持っていたということ。
「君だったのか……僕の計画を邪魔していたのは」
低い声であまり聞き取れなかったが、一部聞き取れた一言。
「……計画?」
「いやー、何でもないよ。ただ探していたものが見つかったというだけさ」
弓削が地面に手をつける。
心は「そんなところに探し物が?」と思ったが、そんな間抜けな考えはすぐに吹き飛んだ。何故なら、この写し世の呪いが弓削に向かって集中的に集まっているのが見えたからだ。
「呪いを吸い込んでる……? 何してんだ……あんた」
「いやはや……本当に厄介なものを持って生まれて来たね。でも安心してくれていいよ? 名も知らぬ少年――――僕がしっかり殺してあげる」
呪いを吸収したことで、目に見えて黒いオーラを吹き荒らした弓削を見て背筋が凍る。その本能が心を身構えさせるが、更に人外へと踏み出した弓削の動きは尋常ではなかった。
「ッ!??」
今まで十メートルほど離れた距離にいた弓削の姿が消える。
しかし、心の呪いを捕らえる瞳は……しっかりと呪いの動きが見えていた。
そのおかげか、心はほとんど反射で腕を上げ防御態勢を取っていた。
ただ、それでも――――
「おー、良い反射神経だ」
その防御態勢を透けて、心の顔面に黒色の拳が直撃した。
「い゛――――!?? ってぇえなァ!!」
「え?」
しかし、心がそれで倒れるわけがないことを弓削は知らなかった。
ただ、
ただ、痛いだけ。
そういう攻撃を今まで何万回もくらって来た心の体は倒れはしない。むしろ反射的に、接近してきた弓削の鳩尾に左拳を叩き込んだ。
「ぐぶぅはぇっ!!?」
痛みと苦しみが同時に押し寄せ、呼吸も曖昧なまま悶えたその一瞬の隙を見せた弓削に対して、心の本能が体を動かす。
すかさず追撃の膝蹴りを入れようと膝を上げた時、弓削はまた呪いを使った瞬間移動のようなもので遠くへ逃れた。
「ゴホッ、ゴホッ! ――――あー、久しぶりに効いたなぁ。それにしても硬すぎない? 君、本当に人間?」
「……ぺっ、あ? どっからどう見ても人間だろうが……」
口の中に広がる血を吐き出しながら、弓削を睨みつける心だったが、様相が殴られる前と全く違かった。
〝写し世〟に引きずり込まれ、呪塊に追われ、呪いを取り込む人外を目の前にしても、あくまで冷静だった。動揺を隠しているわけではなく、事態をあまり重く受け止めていないようなケロリとした様子だった。
だから弓削も隙だらけだと感じた、結局「普通の人間」だと思った。
しかし、殴られてからはどうか。
「本当かなぁー? 性格も変わってるし」
「そりゃ、いきなり殴られて怒らねぇわけあるかよ」
ギアが一つ上がったと言えば良いのか……冷静さはそのままで、警戒という準備が整ったことで、一気に心から油断が消える。
「(これが一般人だって? ……笑わせる。僕を目の前にして恐れずに臨戦態勢を取る一般人なんて
呪力によって強化された一撃を、呪力によって強化されていない人間が「痛い」だけで済むはずがない。
今の攻撃なら人間くらい一撃で殺せる威力はあった。それこそ顔面に軽トラックが突っ込んで来たようなものだ。更に言えばタイミングをズラす防御不可の初見殺し。
普通の陰陽師でも、首から上が吹き飛んでいた。
「(しかも、あの少年に触れた箇所……呪いが祓われてる? 面倒な邪魔者がいたもんだなぁ。やっぱり偵察部隊をやめて正解だったね)」
少し過去のこと思い出して薄ら笑いを浮かべるも、今は目の前のことに集中しようと思考を切り替えて、周囲から〝呪い〟吸収し体を再生させた。
「……というか、逆にあんたは何者なんだよ。呪いで真っ黒な体、人間離れした速さ、俺から見れば……あんたこそ人間じゃねぇよ」
「あぁ、そうか。君には僕のことがちゃんと見えているんだったね。しかしまいったなー……あまり派手にやると癸の人間に気取られる。今も本殿で星見鏡水を眺めているはずだ。うーん……」
今の一撃で決められなかったのも驚いたが、何よりも驚いたのは冷静な
しかも、かなり強い。耐久力、攻撃力、共に鍛えられていることにも驚きだが、何よりも……たった一発で吸収した呪いをごっそりと祓い飛ばされた。
今の状態で普通に殴り合ったとして、正直勝ち目があるとは思えない。
どうする……どうすれば――――
「――――あっ、そっか」
「あ?」
「いやー、少し勘違いしてた。そうだよね。君、普通の人間だったね――――なら、こっちの方が効くかな?」
弓削が、パンッ! 音を鳴らしながら両手を合わせた瞬間。
今まで変化がなかった〝写し世〟の景色がブレる。瞬く間、弓削の近くに人間がずらりと並べられた。
「(……黒く、ない?)」
ざっと二十人。
気を失っている様子だが、立った状態のまま横一列に並ぶ姿に心は困惑する。
この〝写し世〟にどうして普通の人間がいるんだ? と。
「君には一回会ってるよね。相談されて僕は嬉しかったよ。考えていることは君にとって複雑で、でも君自身は答えに辿り着いているのに答えを提示できないでいる。悩んでいることが分かりやすい……素直で純粋で清い、でも色々と考えられる思慮深さがある。加えて感情が優先的で活き活きとしている」
「……?」
「そういうただの人間に対して、一番効果的にダメージを与えるにはどうしたらいいか……答えを教えてあげるよ」
パチンッと弓削が指を弾くと、呪力の塊が一人の頭上に現れる。
ただ、それは……心が
「大事な人を救えなかった後の罪悪感だ――――」
ストンっと一人の頭上から落下する呪力の塊を呆然と眺めてしまった心は、その光景に体の内側から震え上がるような恐怖を覚えた。
ぐちゃり。
肉片と地面を擦り合わせるようにして、再び浮き上がった呪力の塊の下には目を背けたくなるような残虐非道な痕跡が残る。
「さ、君の大事な人が死ぬまで続けようね?」
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