第37話 拒否
その案件は、始まる前から空気が硬かった。怪異の規模は小さい。だが、関係者が多く、感情が絡む。判断を誤れば後を引く。
現地には、すでに別班が入っていた。
責任者は年配の男で、こちらを見る目に警戒が混じっている。
「今回は、こちらで判断する」
挨拶代わりに、そう告げられた。
珠音が一歩前に出る。
「こちらの判断は?」
「不要だ」
即答だった。
「外部の判断基準は混乱を招く。現場は現場で決める」
三人組の空気が張り詰める。
珠音は、静かに一歩下がった。
配置に入る直前。珠音は、責任者の男にだけ向けて言った。
「初動は抑制を。刺激すると拡散します」
男は一瞬だけこちらを見る。
「意見は聞いた」
そして、踏み込む指示を出そうとした。
その時、珠音が続ける。
「その判断は、お勧めしません。私は、止めませんが……」
現場が、静まった。反対ではない。命令でもない。ただ、線を引いただけの言葉だった。
「……どういう意味だ?」
男が聞く。
「採用されない判断について、責任を持たないという意味です」
感情は無い。説明だけだ。
「現場判断を尊重します」
それ以上、珠音は言わなかった。
男は鼻で笑い、強行を命じた。
結果は早かった。
怪異は刺激され、拡散。二次被害が発生する。
「封鎖が遅い!」
「誰が突っ込んだ!」
怒号が飛ぶ。
三人組の一人が、耐えきれず叫ぶ。
「珠音ちゃん! 指示を!」
珠音は、一瞥すると短く言った。
「……観測」
珠音は、動かない。怪異は鎮圧された。だが被害は残った。
誰も、それを否定できなかった。
撤収時。責任者の男が、低く言う。
「……忠告は、正しかったな」
謝罪ではない。確認に近い。
「はい」
珠音は、それ以上を足さない。
帰り道。
三人組の一人が呟く。
「止めなかったんだ」
「止める権限がありませんでした」
「……それで、いいの?」
珠音は少しだけ考える。
「判断は出しました」
それだけだ。
夜。
珠音はノートを開く。だが、何も書かない。判断を出す。拒否される。止めない。
それぞれは、別の行為だ。混同した瞬間、判断は支配になる。
珠音は、支配しない。
ただ、次に呼ばれる場所を把握するだけだった。
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