第38話 境界線
その依頼は、名指しだった。
「判断役として、珠音さんに来てほしい」
理由は簡潔だった。状況が複雑で、誰も決めたくない。判断が必要で、責任は負いたくない。
珠音は、資料に目を通す。怪異は強い。だが制御可能だ。判断すれば、被害は最小で済む。
盤面は、見えている。
現地に着くと、関係者が揃っていた。誰もが珠音を見る。期待と安堵が、混ざった目だった。
「今回は、どう判断します?」
誰かが聞く。それは質問ではない。委譲だった。
珠音は、周囲を見回す。
逃げ道。責任の所在。判断が置かれた後の流れ。すべて、分かる。分かった上で、珠音は言った。
「今回は、判断を出しません」
空気が止まる。
「……どういう事です?」
「判断すれば、被害は減ります」
「ですが、その結果は、私の責任になります」
感情は無い。事実の列挙だ。
「ここで必要なのは、判断ではありません」
周囲を一瞥し一言。
「引き受ける人です」
誰も、すぐには答えない。
「それは、あなたでしょう?」
誰かが言う。苛立ちと焦りが滲んでいた。珠音は、首を横に振る。
「私は、判断役です。責任の代行ではありません」
沈黙が包む。
盤面は、歪んだままだった。
だが、それは珠音の問題ではない。
止めない。促さない。選ばせる。
やがて、誰かが決断する。
遅く、拙く、完全ではない判断。怪異は鎮圧された。被害は出た。最小ではなかった。
だが、責任は残った。
帰り道。
三人組の一人が、静かに言う。
「……珠音ちゃんが決めてたら、もっと楽だったんじゃ」
「はい」
珠音は認める。
「でも、あれは楽じゃない」
それ以上、言葉は続かなかった。
夜。
珠音はノートを開く。何も書かない。判断が必要な場所。不要な場所。行かない場所。
境界は、すでに引かれている。
珠音は、それを越えない。
盤面がどうなろうと、判断は、置くべき場所にしか置かない。
それだけを残して、物語は、静かに終わった。
祓い屋は人を救わない。 坂本ジュリエッタ @cabashirayunomi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます