第35話 判断の明確化
朝の事務所は、静かだった。案件は来ている。軽くはない。だが、昨日ほど複雑でもない。
珠子は資料に目を落とし、少しだけ考えてから顔を上げた。
「……珠音ちゃん」
名前を呼ばれても、珠音は驚かない。椅子から立ち上がり、近づく。
「今回の案件、判断役に入って」
それは依頼でも、相談でもなかった。配置の確認だ。
「はい」
即答。
条件も、理由も、聞かない。
三人組は、そのやり取りを横目で見ていた。誰も何も言わない。昨日までと違うのは、視線の向きだけだった。
現場は、住宅街の外れだった。怪異は単純だが、誘因が多い。判断を誤れば被害が出る。
「初動、分散。封鎖は後。刺激しない下さい」
珠音は歩きながら言う。
声は小さいが、全員に届く。
「今、踏み込むと?」
「二次被害が出ます」
「待つと?」
「逃げ道を一つ残せます」
説明はそれだけ。命令ではない。だが、誰も逆らわない。
結果、怪異は封じられた。負傷者は出ない。余計な被害も無い。
帰り道。
三人組の一人が、ぽつりと言った。
「……楽だったな」
誰も否定しなかった。
事務所に戻ると、珠子が待っていた。
報告は簡潔だった。判断の妥当性を確認するだけ。
「問題は無かった?」
「ありません」
「……そう」
一拍置いて、珠子は続ける。
「次からも、同じ配置で行くわ」
それは宣言だった。
「はい」
珠音は頷く。
その様子を見て、珠子は一瞬だけ視線を逸らした。
この子は、もう選ばない。選ばされる事もない。ただ、呼ばれる。
夜。
珠音はノートを開く。
線は引かない。書き込まない。盤面は、すでに整っている。
翌日の予定を、頭の中でなぞる。判断が必要な箇所。不要な箇所。自分が居るべき場所。
結論は、常に同じだ。
呼ばれたから行くのではない。必要だから、そこに居る。それ以上でも、それ以下でもなかった。
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