第31話 確認

 珠子が珠美に会ったのは、二年ぶりだった。喪服でも、祝い事でもない。

 

 ただの平日。

 

 それが逆に、重かった。


「……久しぶり、珠音は?」


「今は、いないわ」

 

 即答。

 

 用意された答えだった。


「二年の間に、何があった?」


 珠美は、少しだけ視線を落とす。


「全部は、分からない……でも……変わった」


「どう」

 

 短い問い。逃げを許さない。


「助けなくなった、責任は引き受けない、しかし場からは降りない」

 

 珠子の指が、わずかに止まる。


「それ、誰に聞いた?」


「先生、親……クラスの子達」

 

 珠美は続ける。


「みんな、同じ事を言うの珠音ちゃんがいると、楽になるって、でも、終わった後は、誰も感謝しない」

 

 珠子は、ゆっくり息を吐いた。


「あなた、珠音に会ってないでしょう」


「ええ」


「なのに、皆が居た前提で話す」

 

 珠美は、黙って頷いた。

 

 珠子は確信する。

 

 盤の上にいないのに、盤の支点にされている。


「……やったわね、あの子」

 

 感心でも、賞賛でもない。事実確認だ。


「ねえ、珠子」

 

 珠美が、意を決したように言う。


「人のままで、ああなる事ってある?」

 

 珠子は、すぐに答えなかった。

 二年、会っていない。だが、見えている。


「ある」

 

 珠子は断定した。


「ただし」

 

 一拍置く。


「戻れなくなる境目に、もう立ってる」

 

 珠美は、目を閉じた。


「怪物……なの?」

 

 珠子は首を振る。


「怪物になる必要がある立場に立っただけ、まだ完成してない」

 

 それが、何より危険だった。


「止められる?」


「無理かも知れない」


「じゃあ、どうすれば……」

 

 珠子は、静かに言う。


「自分で、盤を捨てる判断を覚えた時、それまでは触らせない」

 

 珠美は、顔を上げる。


「触らせない?」


「会わない。呼ばない。期待しない」

 

 残酷なほど、具体的だった。


「それ、母親に言う言葉?」

 

 珠子は、初めて珠美を見る。


「叔母だから言える」

 

 沈黙が包む。


「……失敗したのね、私」


 珠子は否定しない。


「失敗した。でも、壊れてはいない」

 

 立ち上がり、ドアへ向かう。


「会わなかったのは正解よ。今会ったら、珠音は役割を引き受ける」

 

 珠美がドアの前で、振り返る。


「それが、一番いけない」

 

 その日、珠子は確信した。

 

 まだ、怪物ではない。

 

 だが、怪物として完成する条件は、ほぼ揃っている。

 

 残された時間は無い。次に会う時は、盤の上ではなく、盤の外でなければならない。

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