第28話 盤の外
その依頼は、珍しく曖昧だった。
「学校関係の軽い案件よ」
「怪異の気配は薄い。ほぼ人為」
珠子はそう言って、資料を閉じた。
「珠音、今回は留守番」
即答だった。
「……理由は?」
珠子は、答えなかった。代わりに、靴を履く。
「アリス、準備して」
「了解です」
珠音は、それ以上聞かなかった。
聞けば、理由は分かる気がしたからだ。
玄関のドアが閉まる。事務所に残ったのは、静けさと、盤のない空間。
数時間後。
珠子は、少しだけ疲れた顔で戻って来た。
「どうでしたか」
「最悪」
即答。
「全員、珠音が来る前提で動いてた」
コートを脱ぎながら続ける。
「教師も、親も、当事者も。誰一人、自分で決める気がなかった」
珠音は、静かに聞いている。
「だから、あんたを外した」
珠子は言った。
「盤に乗せなかった」
「結果は?」
「揉めた。泣いた。怒鳴った。最終的には、責任の押し付け合い」
珠音は、少しだけ眉を動かす。
「……解決しなかったのですね」
「しなくていい」
珠子は、きっぱり言った。
「解決したら、次も同じ事になる」
コーヒーを淹れながら、続ける。
「ねえ、珠音ちゃん?盤を触る側ってね、ずっと触り続けられるわけじゃないの」
珠音は頷く。
「分かっています」
「嘘ね」
珠子は振り返らない。
「分かっているつもりなだけ」
一瞬、空気が張る。
「だから今日は、外した」
カップを置く音がした。
「盤に乗らない日を、身体に覚えさせる為」
珠音は、少し考えてから言った。
「……逃げでは?」
珠子は、初めて笑った。
「違う」
即答で答える。
「盤を捨てる判断」
前の回の条件が、ここで返って来る。
「盤に乗り続けるとね、いつか自分が、壊れるかどうかを判断出来なくなる」
珠子は、珠音を見る。
「今日は、あんたが必要な日じゃなかった」
珠音は、目を伏せた。
「……悔しいです」
「でしょうね」
珠子は、その感情を否定しない。
「でも、それでいい」
少し間を置いて、付け足す。
「悔しいって思える内は、まだ盤の外に戻れる」
夜が更ける。珠音は、その言葉を反芻していた。盤を触る力。盤を捨てる判断。
その両方を持つ事が、一番、難しい。そして一番、守ってくれるのだと。
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