第11話

静寂は、ほんの一瞬だった。


真っ二つに両断された深層級の魔物が完全に沈黙し、ノアの持つ不格好な鉄剣から放たれていた光の刃がふっと霧散する。


それを合図にしたかのように、張り詰めていた空気が弾けた。


「おおおおおおおおおっ!!」


最初に歓声を上げたのは、死を覚悟していた防衛部隊の兵士たちだった。


次いで、遠くから様子を窺っていた避難民たちが、安堵と狂喜の入り交じった悲鳴を上げる。彼らは次々と瓦礫を踏み越えて駆け寄り、呆然と立ち尽くすノアを取り囲んだ。


「すげえ……! なんだよ今の!」

「お前、ノアだよな!? あんな力、いつの間に……!」

「助かった……! ありがとう、ノア……!」


歓喜の渦。


向けられるのは、紛れもない称賛と熱狂の眼差し。


血まみれの身体を引きずりながら、その後方で群衆の熱気を見つめていたアルヴィスは、口元に微かな笑みを浮かべた。


間違いない。


ノアのあの歌声と、空間を支配する魔導共鳴の才能。


そして何より、絶望の淵に立たされた大衆の視線を一瞬にして奪い取り、熱狂へと変えてしまうあの『華』。


これこそが、アルヴィスが血眼になって探し求めていた次代の象徴たる素質だ。


アルヴィスの胸の内に、一つの確固たる決意が固まった。


こいつを最高のスターに仕立て上げる。


その確信と共に、群衆の中心で戸惑うノアの背中を静かに見据えた。


・ ・ ・


その日の夜。


アルヴィスの実家の裏庭で、二人は静かに向かい合っていた。


村は未曾有の危機を脱した祝賀ムードに包まっており、遠くから微かに宴の喧騒が聞こえてくる。


「一緒に王都へ来い、ノア」


夜風の中、アルヴィスは単刀直入に切り出した。


「お前なら、『勇者』になれる」


その言葉に、ノアはすぐには答えなかった。


喜ぶでもなく、驚くでもなく。ただ自身の両の掌をじっと見つめている。やがて彼は、ゆっくりと首を横に振った。


「……無理だよ、兄さん」


ノアの声は、アルヴィスが驚くほどに静かで、冷静だった。


「昼間のあの一撃。あれは、僕の実力じゃない。兄さんがリュートを弾いて、僕に何か魔法のようなものをかけてくれた……違う?」


真っ直ぐな視線で見透かされ、アルヴィスは僅かに眉を動かした。


天然の素人だと思っていたが、自分の現在地を正確に俯瞰できている。自己評価を誤らないのは、一流の表現者にとって不可欠な才能だ。


「あれはただの補助だ。引き金はお前の歌声だった」

「それでも、僕一人じゃ魔物一匹倒せやしない。剣の才能なんて欠片もないんだ。そんな僕が、勇者になれるわけがない」


ノアは古い剣の柄をギュッと握りしめ、吐き捨てるように言った。


「勇者っていうのは、高潔で、誰よりも強くて……人々の『希望』そのものだ。兄さんみたいに、自分の命を懸けて誰かを守れる人じゃなきゃいけないんだ。僕みたいな臆病者には、絶対に無理だよ」


それは十年間ひたすらに勇者に憧れ続けたノアだからこその、揺るぎない理想像だった。


だがその真っ直ぐな言葉を聞いたアルヴィスは、ふっと鼻で笑った。


「……お前、本気でそんなお伽噺を信じてるのか?」

「え……?」

「いいか、ノア。お前のその勇者像は、決定的に間違っている」


アルヴィスは一歩踏出し、ノアの目を正面から射抜いた。


その瞳には、人類協会の裏で泥水をすすってきた広報戦略局の吟遊詩人としての、冷酷な光が宿っていた。


「高潔? 最強? そんなものは、民衆が勝手に押し付けたただの偶像だ。歴代の勇者の中には、裏で女遊びばかりしているクズもいれば、金に汚い小悪党もいた。高潔だろうがなんだろうが、そんな裏の顔は正直どうでもいいんだよ」

「なっ……」

「だがな、一つだけ。たった一つだけ、歴代の勇者たちが共通して持っていたものがある。……それは、お前が最後に言ったことだ」


アルヴィスはノアの胸を、人差し指でトンと突いた。


「『人々の希望であること』。その一点においてのみ、奴らは勇者たり得た。民衆を熱狂させ、信じさせ、希望防壁を維持するための燃料になること。それだけが、勇者に求められる唯一の絶対条件だ」


残酷な真実を前に、ノアは息を呑んだ。


「お前には、その素質がある」

「でも、僕は……!」

「腕っぷしなら、俺がなんとかしてやる。足りない威力は俺の魔法で捏造し、見栄えのしない泥汚れは俺が隠蔽してやる。お前はただ舞台の真ん中で歌い、大衆に『希望』を見せつければそれでいい」


アルヴィスは悪魔のように囁き、そして、どこか懇願するような熱を込めて手を差し出した。


「お前のその声で、世界を熱狂させてみせろ。俺がお前を、誰よりも光り輝く『最高の勇者』にプロデュースしてやる」


差し出された手と、アルヴィスの真剣な眼差し。

ノアは答えを出すことができず、ただ唇を噛み締めて俯くことしかできなかった。


・ ・ ・


翌朝。


朝靄の残る村の入り口で、アルヴィスは王都へ帰還する馬車に荷物を積み込んでいた。


出発の準備を整えた彼を、両親が見送りに来ている。


十年間も帰らず、ようやく顔を見せたと思ったら、すぐにまた村を出ていく親不孝な息子。


だが両親は一切の小言を口にすることなく、ただ黙ってアルヴィスを力強く抱きしめた。


「頑張れよ、アルヴィス」


父親の短くも温かいその一言に、アルヴィスは重みを感じながらも、小さく頷き返すことでしか応えられなかった。


そこへ背後から微かな足音が近づいてきた。

振り返ると、そこにはノアが立っている。


目の下にはくっきりと隈ができていた。


一睡もできず、一晩中悩み抜いた末の姿であることは明白だった。

その後ろには、心配そうに見守るノアの両親の姿も。


「……ノア」

「兄さん」


ノアは真っ直ぐにアルヴィスを見つめ、深く息を吸い込んだ。


「王都へ、連れて行ってほしい」


その声には、昨夜までの迷いを断ち切った確かな覚悟の響きがあった。


「僕が本当に勇者になれるのか、まだわからない。兄さんの言っていることの半分も、理解できていないと思う。……でも」


ノアは腰に帯びた不格好な古い剣に触れ、強く言い切った。


「もう一度だけ、夢を見たい。誰かの『希望』になれるって言うなら……僕は、その舞台に立ちたい」


澄み切った決意の眼差し。

それを見たアルヴィスは、満足げに口角を深く吊り上げた。


「……言ったはずだぞ。俺が最高の勇者にしてやるってな」


アルヴィスがそう応じると、ノアの言葉を静かに聞いていたノアの父親が、意を決したように一歩前へ出た。


父親はアルヴィスの両手をがっしりと握りしめ、祈るように深く頭を下げた。


「アルヴィス君……息子はこう言っている。どうか、うちのノアを頼む」


その手から伝わる確かな親の愛情と信頼に、アルヴィスは一人の男として真っ直ぐに頷いた。


「はい、任せてください」


そしてアルヴィスはノアの背中を力強く叩くと、馬車の扉を開け放った。


「乗れ、相棒。忙しくなるぞ。……新しい英雄譚の開演だ」


・ ・ ・


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偽りの勇者プロデュース 〜吟遊詩人が暗躍して、素人を「伝説の勇者」に仕立て上げます〜 けーぷ @pandapandapanda

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