「返ってくる影」

人一

「返ってくる影」

「俺には関係ない。」

俺は嫌われている。

誰の力にならず、誰にも手を差し伸べなかったからだ。

もちろん俺も誰の手も借りずに、過ごしてきた自負がある。

徹底的なことなかれ主義を貫いてきた結果が今だ。

本当にめんどくさいことが嫌いなんだ。

誰かが不幸な目にあっても、自分に火の粉がかかってなければ関係ないと断じて通り過ぎる。

おかげで平和だった。今日までは。


朝起きて洗面所に行く。

鏡を見ると、俺が笑っていた。

もちろんこっちの俺は無表情だ。

『よう。』

「誰だ……お前は?」

『そんなのどうだっていいだろ?お前に迷惑さえかけなければ。』

鏡の中の俺はニタニタ笑っている。

けれどこいつの言う通り、俺に害が無ければもう関係ないのかもしれない。

そのまま俺は洗面所を後にした。


奇妙な日が続いた。

確かにあの日の宣言通り、鏡の中の俺はニタニタ笑うだけで何もしていない。

俺も変わらず人を切り捨て、人に切り捨てられながら過ごしている。

とある夜道、地下鉄に乗るべく階段を降りていると

――ドン!

「うわあ!」

咄嗟に手すりを掴めたおかげで最悪の事態は回避できた。

慌てて振り返るも誰もいない。

ただ照明に照らされ長く伸びた影があるだけだ。

「誰かに押された……絶対そう感じたんだけど、ただ踏み外しただけか?」

誰もいない、証明のしようもないのでそう信じることにして立ち去った。


ホームでぼーっとしながら地下鉄を待つ。

「きゃあああああ!!」

叫び声がした方を見ると、大勢の人らが線路を覗き込んでいた。

どうやら誰かが何かの拍子に落ちてしまったようだ。

「うわうわうわぁ……最悪だ。これで予定がパーになったらどうしてくれんだよ。」

電車が定刻通り到着するアナウンスが流れる。

ホームは一段と騒然とする。

悲鳴や怒号が飛び交う中、レールの軋む音がどんどん大きくなってくる。

俺は野次馬行為はしないがそれでも冷ややかな視線を送っていた。


結果から言うと、俺は予定にギリギリ間に合い、落ちた人も急ブレーキが間に合ったおかげで間一髪助かった。

誰も不幸にならなかった。

けれど心象は悪かった。


帰り道、鏡のように反射する窓ガラスに写る俺は笑っていなかった。

こんなの当然なのだが、いつも気味悪く笑っていたのを見ていた身としては逆に違和感がある。

「……おい、なんだよ。なんか言いたいことでもあんのかよ。」

『いや別に。俺が何を考えようが、お前には関係ないことだろう?』

確かにそうだが、腑に落ちない。

「……そうかよ。」

俺は自分を無視して歩き出した。


とある日、学校で事件は起こった。

俺は今度は誰に押された訳でもなく、純粋に踏み外して階段から落下した。しかも1番上から。

体中痛すぎて声も出せない。

自分の感覚を信じたくないが、足が変な方向に曲がってる気さえする。

周りにいる人らは皆、遠巻きに見るだけで誰も近寄ってこない。

これまでのことを考えれば当然なのだが、そんなでも助けてくれるってのが人情じゃないのか?

心の中で悪態をつきながら、とりあえず誰かが来るのを待つ。

誰かの足音が聞こえ、頭の近くに立ち止まったのが分かる。

体が動かないので、来た人の顔は見えないが何故か見知った気配を感じる。

俺には友達がいない。

これも当然、俺だって俺みたいな奴と友達になりたいなんて思わない。

けれど感じるこの気配の正体は……俺?

『よう。ずいぶん楽しそうだな。』

「ふざけてないで助けろよ。誰も助けてくんないんだよ。」

『自分のしてきたことが分からないのか?』

「分かる。だから他でもない自分にお願いしてんだろ。」

『いや分かってない。お前はこの期に及んで他者を見下している。

素直に助けてください。が言えれば良かったものを……』

「説教なんぞ興味ないから助けろよ。」

いつの間にか周囲は人はいるのに、不自然なまでに静まり返っていた。

『逆に聞くがお前なら助けるのか?

助けないよな?絶対に。

そしてお前はこう言うんだ。』

表情は見えないが"俺"が口角を吊り上げ、ニタリと笑った気がした。

『俺には関係ない。』

呻くことも唇を噛むことさえできず、俺はただ横たわって噛み締めていた。

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「返ってくる影」 人一 @hitoHito93

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