第3話 戦士の儀

 食事は住居の中で行われる。腐葉土の床に胡座をかいて、家族で夕食を囲う。

 シヴァと陽気な母、静かな父との間にあるのは木製のボウルで、そこには燻した肉団子が盛られている。彼らはそれを動物の骨を尖らせただけの又のないフォークで口に運ぶ。


 細かく切ったキノコや山菜を混ぜ込んだそれは、木と煙の匂いが強かった。


「シヴァもそう思わない?」


 母親は食べながらも常に何かを喋っている。シヴァはそれを適当に広げながら、チラリと視線を父に掠める。

 父親は食べること以外に口を動かさず、力強く噛んでは胃に置くように穏やかに飲み込んでいた。


「ねぇ、父さん」


 そう言うためにシヴァは長い息を吐く。

 そして、少しの空気を肺に入れて口を開いた。


 しかし、言葉は出てこない。


 真っ赤で冷たい一つだけの瞳が、彼に向いていたからだ。

 烈火の如く紅蓮で、血のように冷たい目。その奥底は暗くて深い。


 その瞳に呑まれたシヴァを引き戻したのは、低く唸るような声だった。


「何のために生きる?」


「……え?」


 シヴァは思わず目を丸くした。その言葉の意味を理解しきれなかったからだ。

 父の視線は真っ直ぐに彼に突き刺さっている。そして、また低い声で彼はシヴァに言葉を投げた。


「川で話していたのが聞こえた。お前の言葉だ」


 シヴァは瞳を揺らして、母を見る。彼女は暖かい目で、父に向き直るよう視線を動かした。


 彼はその目を父に移す。片方しかない冷たい瞳ではなく、潰れた右目に焦点を当てる。


「わからない……。ただ、この集落を窮屈に感じてる」


「続けろ」


 顔色の変わらない父の一言にシヴァは背筋を伸ばす。息を吸ったかと思えば、それをゆっくりと言葉と共に吐き出した。


「動物を狩って、子供を作って……。戦士とは言うけど結局は、集落を成り立たせるための欠片にしか思えない……。形さえ合えば、俺じゃなくても……」


 いつのまにかシヴァは父の冷たい瞳を見て、話していた。それに気づいた彼の奥底からは、ドッと言葉が溢れてくる。


「俺はシヴァだ! 代わりのきく欠片じゃないし、戦士じゃない……シヴァなんだ!」


 シヴァは熱くなって大声を出していた。しかし、そこに冷や水のような言葉が投げられる。


「なら聞くが、お前とは何だ?」


 淡々とした口調。変わらない目。

 シヴァは狼狽え、答えられない。

 それを見た父は更に言葉を続けた。


「お前の言うことを否定しない。群れに生きる我々は個人という単位を軽視している。だから、若い私は反発し旅狼ソロになった。数年して旅から戻り、族長となった私が最初に改革をしたのが戦士の儀でもある」



「改革……?」


「儀式の前の1か月間、完全なる1人の時間を強制した。他者を感じ取ることなく、自分自身と向き合える時間だ」


 その言葉にシヴァは息を呑む。続く父の言葉に集中している。


「自分自身を知らなければならない。理解を深めなければならない。そうでなければ、本物の戦士にはなれない」


 シヴァは目を見開いていた。


「戦士とは決意する者のことだ。何と戦うかを選び、命をかける者だ。だが、私が族長になってから、戦士は誰一人として集落を離れなかった。旅狼ソロにはならなかった。理由は言葉にできない。天狼山の頂に立った者にしかわからない」


 父の表情は終始変わらない。声色も何もかも変わらない。

 しばしの沈黙の中でふと、シヴァは母を見た。

 陽気でお喋りな彼女がこの静けさを守っていることに今更ながら気づいたからだ。


「ごめん、頑張ってね」


 そう言った母は音もなく泣いていた。その手で顔を覆い、涙滴が毛並みに沿って流れては消えていく。



「シヴァ。明日から、戦士の儀に入れ」


 父はいつのまにか食事を終えていた。

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亜人の行進 —ソロの狼煙— しまうま @RKRN

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