第10話 罪の数だけ

「困るんだよなぁ。こういうの」


 全身の痛みで目が覚めた。足に何かが擦れる感覚と、誰かが僕の両方を引っ張っているのが分かる。


 瞬間、肺に鋭い痛みが走り、息を吸った。吸ったはずだった。ほんの少し冷たい空気が鼻腔に触れただけで、酸素が入っていかない。息を吐くたびに全身が軋んだ。


 うめき声を上げることもできない。引っ張られている腕が、引きずられている足がちぎれてしまいそうだ。


「てか大丈夫なの? これ犯罪じゃん」


 鼻にかかった女の声がした。視線が低い。キラキラと光るヒールだけが目に入る。


「大丈夫だって。この辺の人、みんなやってるし」

「おまじないでしょ? それ新月じゃないと意味ないし。てか土の上で寝るの私やだよ」

「そんなめんどいことしないわ。死体捨てても誰も気にしないってこと」

「あーね」


 時々ぶつかる石に髪の毛が生えているのが見えた。綺麗な黒髪を、無意識に探していた。


 全身が乱雑に投げ出される。雨は止んでいるようだった。


「じゃ、これ埋めといて」

「えーヤダよ。爪汚れんじゃん」


 女がわかりやすく顔を歪める。


「俺のモノなんだから黙ってやれよ」

「もー。しょーがないなぁ」


 女が土を掘り始めた。手で掘っているのか、小さなスコップでも使っているのか、「やりずらいんですけど」「マジで死体あんじゃん。キモー」と時折文句を漏らしている。


 ぼんやりする頭で、必死に体を動かす。「死にたくない」なんて、思ってしまっていた。もうとっくに朝凪悠飛は死んでいて、僕は偽物なのに。


 視線すら動かせない。ただ沈んでいく太陽を見つめて、乾燥した瞳を時折潤すだけ。


 女が穴を掘り終える頃には、とっくに日は沈みきっていた。スマホのライトを片手に女は僕の顔を照らす。


「これ、生きてね?」


 そう、僕は生きている! 頷こうとしても、首に激痛が走るだけ。僕は必死に瞬きした。


 やめてくれ。まだ僕は生きてる。これからなんだってするから。朝凪悠飛だろうが、偽物だろうがどうだっていい。お母さんのモノになるから。反省する。もう悪いことなんてしないから__。


「死んでる死んでる。それより、虫がうざいからさっさと埋めろよ」

「……はーい」


 女は土で汚れた手で、僕の体に土を被せていく。お腹。足。腕。首。徐々に全身が重くなり、指先をわずかに動かすことすらできなくなっていく。


 ついには顔に土がかけられ、中途半端に空いた口の中に不快感が広がる。じゃり、と舌が土をなぞった。


 嫌だ。嫌だ。怖い。全身に寒気が走り、吐き気と眩暈が僕を襲う。我慢するまでもなく、僕の喉からは何も出てこなかった。ほんの少し迫り上がった胃酸が口内を焼く。


 思考の隅に小さな僕が浮かぶ。白くて、細くて、大きな2つの伽藍堂が僕を見ている。


 気持ち悪い。怖い。吐きそう。助けて。


 汗なんて出るかも分からないのに、冷や汗が吹き出すのが分かった。


 怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。




 女は僕の顔に軽く土を投げかけると、「おわりー」と立ち上がった。




 鼻と口が塞がれていて、呼吸ができない。縋るように女を見つめる。女は僕を一瞥することもなく、視界から消えた。


 真っ暗な空。木々に隠される僕を、月だけが目を細めて笑っていた。

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この夏、二度目の殺人を 狗間るか @inumaruka

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