書簡:トーリーからユージーンへ
親愛なる我が友 ユージーンへ
お手紙をありがとう。なかなか返事ができなくて申し訳ない。
しかし、君の手紙の内容ときたら、高位貴族の令息らしさのかけらも感じられなくて驚くよ。
君が飾らない性格であることは、知り合ってから十年近く経つのでよく知っているが、もう少しどうにかならないか?
まあ、君が飾らない性格だからこそ、騎士階級出身の私と、曲がりなりにも候爵子息である君はこうして対等に付き合いができているわけだし、許容しなければならないのだろうね。
まあ、いい。
代わりに、私も非常に砕けた書きぶりになることを許してほしい。
しかし君はどうしてそこまで怒っているんだ。オットー殿下とアーヴェ公爵令嬢の婚約なんて、君にはまったく関係のない話だろう。
……まさか君、アーヴェ公爵令嬢に懸想をしているんじゃないだろうね。なんだか君の手紙にあった『小芝居』の脚本は、アーヴェ公爵令嬢の容姿がやたらきらきらしく描写されていたものだから気になってしまって。
――さて、下世話な話は置いておいて本題に入ろうか。
たしかに私は第一王子オットー殿下の護衛騎士のひとりではあるが、言わせてもらえば、私もまさかあそこまでのことになるとは思いもしなかったのだ。
もちろん殿下がアーヴェ公爵令嬢よりもラリエンド男爵令嬢に心を寄せているようだ、ということには護衛騎士のみならず側仕えたちも気がついていた。
その上で、見て見ぬふりをしていた。
と、いうのも、幼い頃から決められた婚約者がいる、という窮屈さを強いられている殿下が、自由を謳歌できる学生のうちに羽目を外しているだけだ。――そう思っていたためだ。
とはいえ、君に言ったように、「殿下の婚約者の評判が下がったら王家の威信にかかわる」から、噂の真偽を調べる必要はたしかにあった。
なんといっても男爵の娘とはいえシャロン嬢が成績優秀であるのは事実。さらに希少な治癒魔法の使い手であることを踏まえれば、彼女が王子の公妾として認められるには十分だ。
もしも本当にそうなった時、過去にそういったいざこざがあったかなかったかは殿下にとって重要な事柄になるからね。
――だが結局、「公爵令嬢がいじめをしている」という噂の出処ははっきりしなかった。
もともと、いじめ云々の噂は、主にオットー殿下と同学年――つまり高等学院第三学年十八歳の男子学生のあいだで囁かれていた噂だったらしい。それが、やがて下級生たちに広がり、学院全体を取り巻くことになったのだとか。
シャロン嬢の支持勢力である教会派貴族の男子生徒が言い出した、という説もあったが、それも裏が取れているわけではない。
……言い訳をするようだが、いち護衛騎士が殿下の目を盗んで聞き込みをするのは難しいんだ。
ただ少なくとも、私に限っては、公爵令嬢が男爵令嬢に嫌がらせをする現場を目撃したことはない。男爵令嬢が殿下に対し「こんなことをされた」と控えめに報告しているところと、殿下が彼女をお慰めしてきたところは見かけたが。
しかしまさか、火遊びではなかったとは……。
婚約破棄、などという言葉が殿下から飛び出してきたとき、私もひどく動揺したよ。
挙句の果てには
「私はシャロンと結婚したい」
などと言い始めたものだから、青天の霹靂だ。
結婚? せめて公妾だろうに何を言っているんだ、と、側近一同開いた口が塞がらなかったよ。
……今思うと、君の忠告をもう少しまともに聞いておくべきだったのだろうね。そうすればこんな醜聞は避けられたのだろう。
まったくいい物笑いの種だよ。殿下にも困ったものだ。
さて。
君は知りたがるだろうから、差し支えない範囲でその後のことを記しておこうか。
婚約破棄の宣言のあと、サルーンは水を打ったように 静まり返った。呆然としていたのは公爵だけでなく、 出席していた貴族たちや、エルミア皇国をはじめとする周辺諸国の留学生や、そのご親戚の方々もそうだった。
まあ、そういった方々にとっては他人事の見世物だ。ゆえに反応はすぐに面白いものを見物するときのものに変わったのだけれども。
「オットー殿下。いったいそれは、どうしてなのですか。しかも、このような場で……」
「このような場だからこそ言ったのだ。 ――この場に集まった皆にも聞いてほしい。ここにいるエレーナ・アーヴェ公爵令嬢が、『聖女』と呼び声高いシャロン・ラリエンドル男爵令嬢にした数々の心ない仕打ちを」
そうして殿下はその場で、取り巻きに資料らしきものを持ってこさせると、「心ない仕打ち」について、朗々と読み上げた。
いくら第一王子とはいえ王家の血を引く公爵令嬢を、公衆の面前で面罵するなどと――。
このとき、私の小さな肝がどれだけ冷えたか、きっと君にはわかるまい。
君は根も葉もない噂について「出るわ出るわ」と言ったが、その時殿下が語った「男爵令嬢への心ない仕打ち」は、「出るわ出るわ出るわ出るわ」――といった風情だった。
「かしこまりました。
殿下がそこまでおっしゃるのであれば、わたくしは身を引きますわ」
……そうおっしゃった公爵令嬢が式典会場を去ったあとのことは考えたくもない。
事態を知った両陛下は放心、アーヴェ公爵は激怒、第二王子派はこれを機に第一王子の失脚を狙って浮き足立ち、派閥全体はひどくピリピリとしている……。我々オットー殿下の側近の胃はキリキリだ。
……ちなみに、アーヴェ公爵は近日中に登城なさるそうだ。公ご自身が重視していた隣国・エルミア皇国との外交をそっちのけにして。
粗野なところはあるが聡明な君ならば、何故、私が返信を書くのを遅れたのか理解してくれるだろう。
ではしばらく忙しくするので失礼するよ。
公のお怒りが我々側近にまで及ばないように祈るばかりだ。
トーリー・トミリン
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