統制歴1658年7月
書簡:ユージーンからトーリーへ
親愛なる幼馴染 トーリーへ
久々に手紙を書く。
さて、突然で悪いがこれは苦情の手紙だ。まずは数日まえに俺が見た光景を記すので黙ってそれを読め。
「この私、第一王子オットーは、公爵令嬢エレーナ・アーヴェとの婚約を破棄する!」
王立高等学院、その卒業記念式典にて、第一王子オットーが抱いているのは、彼の許嫁である公爵令嬢エレーナの肩ではなかった。
そして、公爵令嬢の代わりに、とばかりに彼のそばに寄り添うのは――栗色の髪にアーモンド色の瞳をした、華奢な肢体の少女。
シャロン・ラリエンドル男爵令嬢――地方男爵家の養女でありながら、教典にある「使者」たちに準ずるほどの高い魔力を持ち、使える者が稀少な治癒魔法を得意とすることから、『聖女』と呼ばれるようになった特別な乙女だそうだ。
その乙女は憐れみを誘うように目を伏せ口許をおさえ、王子に身体を委ねていた。
そのさまは、まるで御伽噺の姫君さながらで。
「私は真実の愛を見つけた。もはや性悪極まる貴様との婚約関係はここで終わりだ!」
「オットー様……! わたし、嬉しいです」
感極まった様子の聖女様。
そしてその一方で、王子と王子に守られた聖女様を前に、公女は呆然と立ち尽くしていた。月の光に磨かれたような銀の髪と、星くずを閉じ込めた夜空のような藍色の双眸をめいっぱい見開いて。
まるで彫刻の神が手掛けた女神像が、床に釘付けにされてしまっているかのように……。
――なんなんだ? あの馬鹿げた小芝居は。
俺も上に言いつけられて警護のために高等学院のパーティーに参加させられてたが、あんまりにもカスみたいな光景すぎて、開いた口が塞がらなかったぞ(いや、王子サマや聖女サマの顔は遠くからだったからほとんど見えなかったんだけどさ)。
トーリー、俺は前々から口酸っぱく言っていたはずだよな。王立高等学院で、第一王子の婚約者エレーナ・アーヴェ公爵令嬢が、いわれのない悪評にさらされているみたいだって。
そう、くだんの聖女様ことラリエンドル男爵令嬢をイジメてる、ってウワサだよ。お前はもちろん知ってるよな? 第一王子の護衛騎士として学院についていってたんだから。
ちょっと調べてみるだけで、出るわ出るわ根拠のない噂。
階段で転ばしただの、
田舎出身でマナーがなってないことを公衆の面前で嘲笑っただの、
魔法の実技で使う杖を叩き折られただの、
挙句の果てには人を使って殺させようとしただの……。
どこが根元かさっぱりわからないのにいつの間にか広まった悪評。趣味が悪いったらないよ。 アーヴェ公爵令嬢はそんなことをする人じゃないのに。
それからトーリーお前、以前俺がその噂の出処を調べてくれって頼んだら、
「報告してくれてありがとう。殿下の婚約者の評判が下がったら王家の威信にかかわるからね。私の方でもきっちり調べておくよ」
って言ってたよな。
一言一句覚えてるからな。俺は自慢じゃないが記憶力だけはいいんだよ。
……で?
気づいたら公女が婚約破棄されてるって、どういうことなんだ。ちゃんと噂の出所を調べてくれたのか?
エレーナ・アーヴェ公爵令嬢によるいじめは冤罪だ。今すぐ婚約破棄を撤回するように第一王子殿下に忠告してくれ。
頼むぞトーリー、お前だけが頼りだ。
ユージーン・ヤシュコフ
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