第7話 キャベツの佐藤と、500万の千手観音

部長の鈴木は、「茹ですぎた大福」の隙間から、僕が持参したキャベツ(佐藤)を値踏みするように見つめている。

ここは大手企業ではない。だが、ビルの壁だけはやたらと白く、僕の三割のプライドを反射して眩しかった。

「えー、基本給は提示通りですが、残りの100万は『頑張り次第』という、いわゆるインセンティブ枠でして……」

鈴木部長が言った瞬間、僕の脳内で、くっきー!さんが描くような**「極彩色で指が30本くらいある千手観音」**が激しくドラムを叩き始めた。

「頑張り次第、ですか。なるほど」

僕は、小脇に抱えたキャベツの佐藤を、机の真ん中にドサリと置いた。

「鈴木さん。お言葉ですが、その『頑張り次第』という言葉を、僕は今からこのキャベツの葉っぱ一枚一枚に書き込んで、御社のビルの屋上から撒き散らしてもいいですか?」

「……えっ? なぜそんなことを?」

「その方が、まだ実体があるからです。最初から500万と書けばいい。応募者が減るのが怖いから、嘘の数字で釣って、入社してから『実は……』と後出しジャンケンをする。それはもう、ジャンケンではなく、ただの暴行です」

僕は、かつての「白髪部長」と「ヘラヘラ取締役」の顔を思い出した。

彼らもまた、数字という名の生き物を、自分たちの都合のいいように解体して、僕に押し付けてきた。

今の僕の目には、鈴木部長の顔がだんだん**「人間の皮膚を被った、巨大な親指」**に見えてきた。

「採用してもすぐ辞める。そんな簡単な計算もできないなら、算数セットからやり直すべきだ。おはじきを持ってきてください。今すぐここで、僕の年収を1円単位でおはじきで並べましょう」

鈴木部長は、僕の迫力(あるいは異常性)に押されて、椅子ごと後ろに5センチ下がった。

その拍子に、彼のデスクにあるペン立てが「カクン」と揺れた。

「……君、ちょっと個性的すぎるね」

「個性的? いえ、僕はただの『三割のプライドをレクサスの後部座席に置き忘れてきた男』です。残りの七割は、今、このキャベツの佐藤が代弁しています」

僕は立ち上がり、キャベツの佐藤の頭をポンと叩いた。

「佐藤、帰るぞ。ここは500万の価値を、頑張りという名の『見えない粉』に変えようとする魔窟だ」

僕はレクサスに戻り、また後部座席に座った。

大手企業に行きたいわけじゃない。

ただ、嘘をつかない人間と、嘘をつかない数字に囲まれて、右足だけでスキップして生きていたいだけなのだ。

窓の外では、大阪の街が、くっきー!さんの絵画のような歪な色でうごめいていた。

次は、いよいよ「自作の履歴書(全部刺繍)」を持って、三社目に行くことにしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る