第6話 キャベツの佐藤と、三割の移籍
レクサスをコインパーキングから出す。
一度後部座席に座り、自分を「元所長」という名のVIPとして遇してから、物理的な移動――いわゆる「自分の中での三割の移籍」を経て、運転席へ。
助手席では、キャベツがしっかりとシートベルトに締め付けられ、少し苦しそうに丸まっている。
「大丈夫だ、佐藤。お前の鮮度は、僕が500万で買い取ってやるからな」
都心のハイグレードビル。駐車場の入り口で、誘導灯を持った警備員が、僕のレクサスを「光る高級な豆腐」でも見るような目で制止した。
「あ、すみません。そこの助手席の方、お名前よろしいですか? 来客リストと照合しますので」
警備員は、窓越しにシートベルトを締めたキャベツを凝視している。
僕は窓を2センチだけ開け、一番低い声(元所長モード)で答えた。
「……キャベツの、佐藤です」
「……はい?」
「佐藤です。彼は今、極度の緊張状態で、一言も喋れません。見てください、この葉脈の浮き立ち方を。これは、御社の警備体制に感銘を受けている証拠です」
警備員は、誘導灯を振り上げたまま、彫刻のように固まった。
僕はその静寂を「どうぞお通りください」という合図だと勝手に解釈し、アクセルを「カクン」と踏んだ。
ミラー越しに、警備員が自分の被っている帽子を脱いで、中を確認しているのが見えた。たぶん、自分の脳みそがまだ入っているか確かめたのだろう。
ビルの中に入ると、一社目とはまた違う「成功者の匂い」がした。
ここの女性社員もクオリティが高く、みんな歩くたびに「美・美・美」と小さな音が鳴っているような気がする。
だが、僕を出迎えたのは、またしても「ふくよかな何か」だった。
前回の「丁寧な重機」よりも、少しだけ「茹ですぎた大福」に近い質感の男性だ。
「えー、面接を担当する、部長の鈴木です」
鈴木部長は、僕の顔を見ずに、僕が小脇に抱えてきたキャベツ(佐藤)をじっと見ている。
僕は、かつての白髪部長とヘラヘラ取締役の残像を、キャベツの葉の隙間に押し込んだ。
「あ、これは。僕の『三割のプライド』を可視化したものです。鮮度が落ちる前に、年収の話をしませんか?」
面接室の空気が、一瞬で「マイナス200度のドライアイス」に変わった。
これが、僕の求めていたステージだ。
400万で汗をかく人生なんて、このキャベツの芯の硬さにも及ばない。
「佐藤さん(キャベツ)も、そう言っています」
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