第8話 五人の板前と、二時間の「あと3分」 三社目。
三社目。
目の前に座る面接官は五人。
それはもう、面接というよりは「審査員の多いのど自慢大会」か、あるいは「指が五本ある巨大な手」に握りつぶされるのを待つ時間のはずだった。
だが、僕は動じない。
僕は今、レクサスの後部座席から引き上げてきた三割のプライドを、脳内で「新鮮なネタ」としてまな板の上に並べていた。
「では、あなたの強みを教えてください」
真ん中の、顔が「使い古したテニスボール」みたいな男が言った。
僕はスッと立ち上がり、空中で何かを握る動作をした。
シュッ、シュッ。
「……今、皆さんの質問をシャリにして、僕の経歴をネタにして、特上寿司を握りました。一貫、500万円です。時価ですので、頑張り次第で変動はしません」
五人の面接官の顔が、くっきー!さんの描く「バランスの悪い似顔絵」のように歪んだ。
僕は彼らの困惑を、ガリを食べるような感覚で楽しむ。
元所長だ。五人程度の視線は、かつての部下たちの「有給申請」の山に比べれば、そよ風にすらならない。
「君、ふざけてるのか?」
「いいえ。僕は、500万という数字に誠実でありたいだけです。嘘の求人票で釣るよりは、こうして空中で寿司を握るほうが、よっぽど生産的だと思いませんか?」
三社目ともなると、もはや自分という存在が「人間」なのか「高級な文房具」なのか分からなくなってくる。
結局、主導権を握りきったまま面接を終え、僕はレクサスに飛び乗った。
1日三社。
これが、40歳の肉体が耐えうる「不条理の摂取量」の限界だ。
家に着き、ようやくキャベツの佐藤を冷蔵庫(別荘)へ案内した時、スマホが震えた。
情報のウーバーイーツ。元同期のアイツだ。
「おー、生きてるか?(笑) いや、心配でさ。あ、あと3分だけいい?」
その「あと3分」は、カップラーメンが完成する時間ではない。
僕の貴重な2時間を、じわじわとドブに捨てるための「死のカウントダウン」だ。
電話の内容は、またしてもあの白髪部長とヘラヘラ取締役の腐った内臓のような愚痴だった。
「部長がさ、お前がいないからって、俺にハンコの角度を45度にしろってうるさくて……」
僕は、受話器から2メートル離れて、天井の隅にいる蜘蛛を観察することにした。
なぜ僕は、辞めた会社の、辞めた原因である奴らの、辞めた後も続く醜態を、わざわざ無料(通話料別)で聞かなければならないのか。
「……あ、もう一つだけ、あと3分!」
アイツの声が、だんだん「肉の塊が地面に叩きつけられる音」に聞こえてくる。
僕は、電話を耳に戻さず、スピーカーモードにして、台所で余ったナスビを床に並べ始めた。
「なぁ、聞いてる? あ、そういえば取締役がさ……」
僕は静かに、通話終了ボタンを押した。
2時間喋る男に、「あと3分」を何回言わせるか。
それは、求人票の「頑張り次第」の回数と同じくらい、無意味な統計だ。
僕は、静かになった部屋で、一人で「右足だけのスキップ」の練習をすることにした。
明日は、四社目。
次は、履歴書を「全部、食べられるシート」でプリントして、面接中に自分で食べながら話そうと思う。
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