第2話 情報のデリバリーと、消えたハンコの角度

辞めてからというもの、スマホがよく震える。

元同期や先輩から、頼んでもいない「社内の生ゴミ」がLINEという名のタッパーに詰められて送られてくる。

『部長が「あいつ、辞める前に呪いのなすびでも置いたんか」ってキレてたよ(笑)』

(笑)、じゃない。

もし本当になすびを置いていたとして、それが「呪い」になるなら、八百屋は今ごろ呪術師の総本山になっているはずだ。

僕はスマホをそっとテーブルに置く。

わざわざ「あいつが君の悪口を言っていたよ」と伝えてくる人の心理を、僕は**「焼きたてのパンにわざわざ砂利を混ぜる作業」**と呼んでいる。親切のふりをして、ジャリっとした不快感をプレゼントしてくるのだ。

『なすび置いたやろ(笑)』

僕は返信しない。代わりに、手元にあった**「ちくわの穴」**をじっと覗き込んだ。向こう側に、かつての自分がいた。

僕はかつて、部長だった。所長もした。

会議室の重い扉を開けるとき、僕の背中には「役職」という名の見えないマントがなびいていた。

書類にハンコを押すときも、45度の角度で少しお辞儀をするように押すのが僕のジャスティスだった。あの頃、僕は間違いなく「世界の中心(ただし半径2メートル以内)」だった。

それが今や、平日の昼間にちくわの穴を覗き、元同僚からの「不幸のデリバリー」に心をささくれさせている。

「……落ちぶれたな」

独り言が、ちくわの穴に吸い込まれていった。

かつての部下たちは、今ごろ僕がいなくなった会社で、新しい誰かのハンコの角度に怯えているのだろうか。それとも、僕のことなど一秒で忘れて、今日のランチのカレーの辛さについて議論しているのだろうか。

「聞いてる方の身になってくれよ」

僕はスマホを裏返した。

画面が真っ暗になる。そこには、40歳、無職、そして今から「面接」という名の公開処刑に向かおうとしている男の顔が、薄汚れたジャガイモのように映っていた。

僕は立ち上がり、かつての所長時代に買った一番高いネクタイを手に取った。

でも、今日は「二度と解けない結び目」にはしない。

今日は、面接官が思わず「それ、どうなってるんですか?」と聞いてしまうような、**「三周半まわって、ただの紐」**みたいな結び方にしてみようと思う。

さあ、面接だ。

僕の中の小さな所長が、心の中で「おっとっと」と言いながら、見えない段差に躓いた。

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