第6話:カウンター
「バカバカしい。ボクシングのインターハイ準優勝が、今さら未経験のバレーだと?」
校門の前で、蓮は鼻で笑って立ち去ろうとした。その背中に、碧斗の冷徹な声が突き刺さる。
「お前のその拳、バレーならまだ戦える。……いや、バレーだからこそ、その『速さ』が凶器になる。それを証明してやる」
碧斗は嫌がる蓮を体育館に連れて行った。転がっていた練習用のバレーボールを拾い上げると、直人に指示を出した。
「直人、あの舞台の横の壁掛け時計の、ちょうど真上に上げてくれ。……高く、思いきり高くだ」
直人は戸惑いながらも、思い切ってボールを真上へ放り上げた。
黄青のボールは、窓から見える夕闇に染まり始めた空に吸い込まれていく。
「……見とけ。これが、俺の、本当の『レセプト』だ」
その瞬間、碧斗の全身から放たれるオーラが一変した。
固有スキル【空位の支配者(エア・ルーラー)】完全解放。
(ドドンッ!!)
背中に翼が生えたようにテイクバックした両腕を大きく振り上げた瞬間、碧斗の身体が消えた。蓮は見失った碧斗の所在を探して視界を上げると、夕焼けの窓を背に、弧を描いて舞い上がる碧斗をとらえた。それは今まで見たことがないほどの高く、美しい跳躍だった。そして碧斗の体が空中で一瞬「静止」したように見えた。滞空時間が、物理法則を無視している。
空中で弓のようにしなった碧斗の右腕が、蓮の動体視力でも捉えきれない速度で振り抜かれた。 (ズッッバァァァンッ!!!!)
放たれたスパイクは、空気の層を斬り裂き、体育館の床を突き破る勢いで着弾した。凄まじい衝撃音が体育館いっぱいに響き渡った。その音を聞きつけた校舎の中の生徒たちが一斉に窓から顔を出し、辺りをうかがっている。
着地した碧斗は、呆然とたたずむ蓮を射抜くように見つめた。
「今のは、俺が自分でボールに合わせて打った全力だ。でもまだ遅い。……しかし、もしお前が、俺の『最高打点』にコンマ数秒でボールを差し込めるなら。今の1.5倍の速度で、相手の視界からボールを消せる」
蓮の拳が、包帯の中で震えていた。
恐怖ではない。ボクシングを諦めて以来、二度と味わうことはないと思っていた「魂の震え」だ。
碧斗の跳躍は、かつてリングの上で見たどんなパンチよりも速く、鋭く、そして美しかった。
「お前が全力で鍛えてきたその能力は、ボクシングのためだけにあるんじゃない。……おまえなら、きっと世界一速いトスを上げられる。母親を楽にしたいんだろ? 春高で名をあげろ。そしてプロへ行け。そのためのレールは、俺が敷いてやる」
「……ハッ。プロチーム顔負けのアナリシスに、重力を無視した跳躍かよ。おまえ、本当に高校生か?」
蓮は自嘲気味に笑うと、巻いていた拳の包帯を力強く引きちぎった。
拳に残る生々しい傷跡は、まだ少し痛む。しかし、目の前の怪物が示した「新しい戦場」の誘惑には勝てなかった。
「いいぜ、おまえの挑発に乗ってやる。その代わり、俺のトスを打ち損じたら承知しねえぞ。強烈なカウンターパンチをお見舞いしてやる……覚悟しろ、碧斗」
「……ああ。一球たりとも、無駄にはさせない」 夕焼けを背に、二人の天才が初めて視線を交わした。
最強の矛と、それを撃ち出す最速の弓(射出機)。
城南高校バレー部という未完成のジグソーパズルに、重要なピースがひとつ嵌まった瞬間だった。
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