第5話:トス

​​ 練習試合、新生・城南高校のコートは静かな熱気に包まれていた。

 碧斗の『アナリシス』によって役割を定義された部員たちは、まるで鮮やかに空中で連隊飛行を魅せるドローンのように連携し、格上の中堅校を圧倒していた。

​ 「――今だ、打て!」

 直人の叫びに呼応し、碧斗が初めて助走に入る。

 

 (ドンッ!)

 

 床を蹴る音が体育館に響き渡る。固有スキル【空位の支配者】。重力から解き放たれたかのような滞空時間から放たれたスパイクは、相手ブロックが反応するよりも早く、コートの隅に突き刺さった。

 

 「……ゥワアアアア!!」

 

 沸き立つベンチ。だが、着地した碧斗の表情は険しかった。

 

 (遅い。トスが、俺のスピードに追いついていない……)

 

 今の城南には、碧斗の真の跳躍に応答した、その最高打点への到達スピードにトスを届けられるセッターがいない。春高で「常勝北総」の壁を打ち破るには、ブロックの完成より速く跳ぶ、碧斗の動きに合わせられる高速セットアップが必要だ。

 

 「……見つけるしかないか。俺の翼になれる奴を」

 

 碧斗の脳裏に、あるクラスメイトの姿が浮かんでいた。

 宮城 蓮(みやぎ れん)。

 元ボクシング部、1年生にしてインターハイ準優勝という輝かしい実績を持ちながら、拳の怪我で退部。今は母子家庭を支えるためにバイトに明け暮れ、死んだような目で教室の隅に座っている男だ。

 

「体育の授業で一度だけ見た身のこなし。あいつの動体視力と、高速パンチを繰り出す異常なまでの腕の振りの速さ。ボクシングで培ったステップワークってことか……。あいつなら、俺の『対応速度』に追いつける」

 

 放課後。碧斗と直人は、バイトへ向かおうとする蓮を校門で待ち伏せした。

 

 「バレー部? 冗談だろ」

 

 蓮は、包帯が巻かれたままの自分の拳を忌々しそうに見つめ、冷たく言い放った。

 

 「俺は母親を楽にするためにボクシングで世界チャンピオンになる事を目指した。それがダメになった今、おまえらみたいな遊びに付き合ってる暇なんてねえんだよ」

 

 「遊びなんかじゃない。……お前は、今のまま腐って終わるつもりか?」

 

 碧斗の一言に、蓮の眉がピクリと動く。

 

 「バレーのセッターは、コートの支配者だ。お前のその『速さ』と『視覚』は、リングの上でしか通用しないお遊びなのか? 違うだろ。俺のトスを上げてみろ。お前の絶望を、俺が全部相手コートに叩きつけてやる」

 

 「碧斗の言う通りだ! 俺たちと一緒に、春高のセンターコートから最高の景色を見ようぜ!」

 

 直人が青臭い熱量で食い下がる。

 蓮の瞳の奥で、消えかかっていたアスリートの灯火が、碧斗の言葉という燃料を得てわずかに揺らめいた。

 

 「……バカバカしい。バレーが、……バレーだって、そんなに甘いわけねえだろ」

 

 吐き捨てながらも、蓮は足を止めた。

 前世でどん底を味わった碧斗だからこそわかる。この男もまた、自分と同じ「レセプション(受け入れ)」を待っている魂なのだ。


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