第3話:レセプト

​​ 城南高校に転校してひと月が過ぎたが、碧斗は小学校からクラブチームで磨いた「バレー経験者」という肩書きを隠していた。

 この身体、このスキル。すべては校外の有力なクラブチームで最短距離を走り、プロの世界へ駆け上がるためのものだ。部活動という名の「ごっこ遊び」に費やす時間は1秒もない、はずだった。


​ 「お願いだ碧斗! 人数が足りないんだ。名前を貸してくれるだけでいい!」

​ クラスメイトであり、バレー部部長の谷口直人(たにぐちなおと)に頭を下げられ、渋々承諾したのは一週間前。

 だが、現実は残酷だった。

​ (ピッーー!! 試合終了。25-8、25-10)

​ 春高バレー神奈川県予選、1回戦。

 城南高校は、名前も聞いたことのない中堅校に、手も足も出ずボコボコにされた。

 碧斗は約束通り、ただ「そこに立って」いただけだった。実力を隠し、無様に落ちるボールを冷めた目で見つめていた。

​ 「……っ、クソッ!! なんで、なんであと一歩が届かないんだよ……!!」

​ 体育館の隅。直人が拳を床に叩きつけ、むせび泣いていた。

 鼻を赤くし、泥臭く、不器用。前世の自分なら「たかが部活で」と鼻で笑っていただろう。

 だが、その激しい悔しさは、碧斗の胸の奥に澱のように溜まっていた「未精算の記憶」を激しく揺さぶった。


​ (どこで間違えた? 俺は、どうしたらよかったんだよ……)


​ 前世の最期に聞いたあの声が、直人の泣き声と重なる。

 最短距離でプロ? 効率的なキャリア?

 笑わせるな。心に空いた穴は、そんな行儀の良い成功なんかでは埋まらない。

 この胸の奥に穴が空いたような疼きを止めるための処方箋(レセプト)は、あの「9メートル四方のコート」の中で上げる雄叫びにしか癒せない。

​ 碧斗は、泣き続ける直人の前に無造作に歩み寄った。


​ 「おい、部長」

​ 直人が顔を上げる。そこには、さっきまでの無気力なクラスメイトではない、射抜くような鋭い眼差しをしたバレーボーラーが立っていた。

​ 「来年は、こんなところで終わらせない。……春高まで連れてってやる。その代わり、俺の練習を信じてついてこい」

​ 「え……? 碧斗、お前……」

​ これが、後に「城南の奇跡」と呼ばれる快進撃の、本当の始まりだった。


 碧斗は自らに処方した。かつて諦めた夢への、無謀な再挑戦という名の劇薬を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る