到来

小狸・飯島西諺

掌編

 今日からまた、寒くなるらしい。


「はぁ」


 昨日の天気予報を観てその情報を知り、何となく、溜息が口からこぼれ出た。


 ここ数日は、私の住む地域は最高気温が10℃を上回るなど、およそ1月とは思えない気候であった。


 穏やかな天候に精神的に安堵すると同時に、不安にもなった。


 地球は大丈夫なのだろうか、という心配である。


 私程度が心配したところで、気候を自由自在に操作できるというわけでもないのだろうけれど、それでも一抹の不安を覚える程度には、気温が高い日が続いていた。


 まあ、大学の共通テストが先週にあった。全国の受験生にとっては、第一の関門である。当日に雪が降らなくて良かったと、他人事のように思った。


 だが、今日からは、最高気温が尋常でなく下がる。


 例年通りになる――というだけなのだけれど、少なくとも、今までのようにはいかなくなるのだろう。


 寒波が来る。


 寒さは、まあ、暑さよりは得意であるつもりだ。


 私の場合、出身――生まれ故郷が東北地方ということもある。


 暑い場合は、どうしようもない。放っておけば熱中症の危険性もある。


 逆に寒さは、着込めば我慢することができるのである。


 ヒートショックという危険性もあるけれど、熱中症ほどに頻発はしないだろう。


 勿論もちろんエアコンは付ける。かじかんだ手では小説は書くこともできないし、思考もまとまらない、寒いからといって執筆活動が捗るだとか、何かが上手くいくわけではないのだ。


 人間にとって、過ごしやすい気温であっていてくれる以上に、求めることはない。


 それこそ、人間重視、人間一番の考え方かもしれない。別の生物にとっては、人間の適温は適温ではないのである。それにエアコンやストーブの類を、他の動物たちは開発していない。その日その日の気温で生きるしかない――対して人間は、文明の利器を用い、周囲の温度を変えて、一日、より一日多く、生き永らえることができる。


 何とも傲慢な生き物である。


 そんな中で、更に私は、小説の執筆に都合の良い気温を求めているというのだから――傲慢さがより際立って見える。


 暑すぎても駄目、寒すぎても駄目――不遜も良いところである。


 まあ、自分もそんな不遜な生き物の一人なのだ、と認識することこそが、まず生きていく上での第一段階なのだろう、と思う。


 寒くなると、気落ちすることが多くなる。


 元々その気質はあったのだが、学生時代に鬱病を発症してからというもの、ずるずると引きずっている。通院と服薬は継続しているものの、未だかんかいに至る気配は見えない。


 何もする気がなくなるのである。


 何もできなくなる。


 気温の低下で筋肉がこわばるという理由もあるのだろうが、家事や掃除などがおろそかになって、生活習慣そのものが崩れがちな日々でもある。


 いやいやそれでも小説は書けているではないか――というご指摘は、まさしくその通りである。数十年書いてきて気付いたことなのだが、どうやら私は、小説の執筆と、日常的な生活を完全に切り離して考えているらしい。日常的な生活がどれだけ落ち込もうとも、小説の執筆はいつも通りにできたりする。逆に、例えば小説の新人賞で落選して落ち込んだとしても、日常生活は支障なく送ることができている。


 こればかりは、長きに渡って書いてきたことが奏功したと言えるだろう。


 ただ、それ故に誤解されることも多い。


 小説は書けているのだから元気ではないか、鬱病なんて嘘っぱちだ、とか、そんな言葉を投げつけられることはある。実際にあった。その誤解を解くための努力は、極力するつもりである。私にとって、元気であることと、執筆活動ができることは、等号では結ばれないのだ。


 寒くなるということは、必然的に、気落ちする時期がやってくる、ということでもある。


 まだ何も来ていないというのに、どこか陰鬱な心地になった。


 これはいけない。


 前を向かなくては。


 皆のように、ちゃんとしなくては。


 と、一昔前の自分ならばそう思って焦っていたのだろうが、今はそうでもない。


 ちゃんとしなければならない――これは担当のカウンセラーから聞いた話だが、私の鬱病の根幹付近にある思考回路なのだそうだ。


 寒さが明けると、次年度になる。


 新しい一歩を踏み出す時期に、いつまでもじめじめした場所で停滞している自分が、たまらなく醜く感じるのである。


 皆は前に進んでいるのに。


 私はずっと、来ることも行くこともできず。


 「ここ」に留まったままだ。


 今日から寒波が到来する。


 寒い程度で何もできなくなる私のことは、まだ私は、好きにはなれないけれど。


 今年の冬とも上手く向き合っていきたいな、と。


 私は思うのだった。




(「到来」――了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

到来 小狸・飯島西諺 @segen_gen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ