第3話
『ガラスの密林』
「総員、対閃光バイザーを下げろ。目が潰れるぞ」
特務隊長のヘイズ大佐が、興奮を押し殺した声で命令した。
重厚なハッチが開くと、そこは光の洪水だった。
空からは、陽光を反射して虹色に輝く「雨」が降り注いでいる。その一粒一粒が、硬質な音を立てて装甲服を叩く。カン、キン、という高い金属音。水ではない。
「……ダイヤモンドの雨だ」
傭兵のヴァルガスは、足元に転がる親指大の結晶を拾い上げた。
炭素と高圧の世界。ここでは、ダイヤモンドは宝石ではなく、ただの砂利だ。
「ヴァルガス、呆けている暇はないぞ。この星の座標データとサンプルだけで、地球の国家予算の三年分になる。これで我が国は再び太陽系の盟主に戻れるのだ」
ヘイズ大佐は、かつての地球の栄光に取り憑かれた男だ。
だが、ヴァルガスの傭兵としての勘は、別の臭いを嗅ぎ取っていた。
目の前に広がる、ガラス細工のように透き通った巨大な森。ケイ素と炭素でできた「樹木」たちは、風もないのに微かに震えているように見える。
美しすぎる。そして、静かすぎる。
「前進する。目標は、森の奥で探知された『人工物反応』だ」
「大佐、この反応ですが……奇妙です。異星の文明にしては、波長がこちらの規格に近すぎる」
「昔の無人機でも落ちているんだろう。行くぞ」
部隊はクリスタルの密林へと足を踏み入れた。
地面はガラスの破片のような落ち葉で覆われている。歩くたびに、ジャリ、ジャリ、と甲高い音が森に響く。
その時だ。
キィィィン……
どこからか、耳鳴りのような高周波が聞こえ始めた。
周囲の樹木――高さ数十メートルの巨大なクリスタルの柱たちが、一斉に共鳴し始めている。
「なんだ? センサーに感あり! 振動数増大!」
若い隊員が慌てて声を上げた。その声が、引き金になった。
パァン!!
破裂音。
隊員のすぐ横にあった「枝」が、突然弾け飛んだのだ。
無数の鋭利なガラス片が散弾銃のように飛び散り、隊員の装甲服を紙のように切り裂いた。
「ギャアアアアッ!」
絶叫。
その叫び声の振動が、さらに隣の樹木を刺激する。
パパパパパンッ! 連鎖的な爆発。
「撃つな! 伏せろ!」
ヴァルガスは叫び、近くの岩陰に滑り込んだ。
だが、パニックになった他の隊員がアサルトライフルを乱射した瞬間、地獄の蓋が開いた。
銃声の衝撃波が森全体を揺らし、四方八方からダイヤモンドの刃の嵐が吹き荒れる。
「音だ! 音を出すな!」
ヴァルガスは通信機に向かって怒鳴った。
「こいつらは『音響兵器』だ! 特定の周波数の振動を受けると、自己崩壊して破片を撒き散らす性質を持ってる!」
静寂が必要だ。だが、ダイヤモンドの雨音と、負傷者のうめき声が共鳴を止めない。
部隊が半壊する中、ヴァルガスは這いつくばって目標地点へと進んだ。森の奥、そこに探知されていた「人工物」。それさえ確認すれば、撤退の口実ができる。
そして、彼はそれを見た。
クリスタルの蔦に絡みつかれ、半ば埋もれた宇宙船の残骸。
その錆びついた船腹には、見覚えのあるエンブレムと、衝撃的な文字が刻まれていた。
『U.N. Solar Survey 2095(国連太陽系調査船 2095年)』
「2095年……? 嘘だろ」
ヴァルガスは息を飲んだ。今は3000年代だ。
1000年も前。人類がまだ太陽系から出られないとされていた時代に、すでにここまで到達していた船があった?
彼は震える手で、船のブラックボックスを引き抜いた。
古いデータログが、ヘルメットのディスプレイに流れる。
『……太陽異常「カロン・フェーズ」の初期兆候を確認。予測される寿命、あと1000年。……我々の技術では、全人類の移住は不可能だ。……したがって、政府はこの事実を恒久的に隠蔽し、棄民政策を……』
「なんてことだ」
ヴァルガスは乾いた笑い声を漏らした。
今の危機は、突発的な事故じゃなかった。
1000年前の権力者たちは、太陽が死ぬことを知っていたのだ。知っていて、対策を諦め、情報を握り潰した。我々は、その「先延ばしにされたツケ」を払わされているだけだ。
「ヴァルガス! 何を見つけた! ダイヤモンドか!」
生き残ったヘイズ大佐が、血まみれで駆け寄ってきた。
「大佐。ここにあるのはダイヤより価値があるものです。……我々が『見捨てられた子供』だという証拠ですよ」
キィィィン……
二人の会話に反応し、頭上の巨大な樹冠が激しく震え出した。限界点を超えようとしている。
「逃げるぞ! 全力で走れ!」
ヴァルガスはブラックボックスを懐にねじ込み、駆け出した。
背後で、森そのものが崩落する轟音が響く。
降り注ぐダイヤモンドの雨。それは地球の悲惨な未来への涙か、あるいは愚かな人類への嘲笑か。
命からがら離脱した『アイギス』の船内で、ヴァルガスは窓の外を見つめた。
美しいクリスタルの森は、連鎖崩壊によって粉々の荒野へと変わっていた。
「このデータは、高くつきますよ」
ヴァルガスは呟いた。
太陽の死、1000年の隠蔽。
これを公表すれば、地球連合どころか、太陽系全体の秩序が崩壊する。
だが、知ってしまった以上、もう戻れない。
我々は、終わる世界で踊らされていたのだから。
【次回予告】File.04 『時間の墓標』
太陽系滅亡の真実を知った彼らが次に目指したのは、ブラックホールの事象の地平面ギリギリに浮かぶ「水の惑星」。
そこでは1時間が地上の7年に相当する。
降り立った彼らを待っていたのは、数分前に到着したはずの「80年後の自分たち」からのメッセージだった。
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