第5話|俺がやってきたのは、対処療法だった
沙羅は、まだ屋上の縁に立っている。
風に煽られて、マントの端が揺れる。
フェンスの向こうは暗く、街の灯りが遠い。
俺は動けなかった。
叫べばいい。
駆け寄ればいい。
今までだって、そうしてきた。
でも――。
今回は、それをやったら終わる気がした。
俺は、思い出していた。
人魚姫だった日。
魔法少女だった日。
妖精になろうとした日。
そのたびに俺は、止めた。
引き戻して、叱って、「現実」を説明して。
それで、沙羅は生きていた。
だから、正しいと思っていた。
――違った。
俺がやっていたのは、治療じゃない。
応急処置だ。
その場をしのぐための、対処療法。
今日を越えれば、明日はまた別の異世界が始まる。
それを、俺はずっと見ないふりをしていた。
なぜ、沙羅は異世界に行きたがるのか。
理由は、単純だった。
この世界に、立つ場所がない。
沙羅は、クラスLINEに入れないことを気にしない。
輪の中に入れないことを、悔しがらない。
でも、それは強さじゃない。
最初から、期待していないだけだ。
期待しなければ、拒絶されることもない。
それが、沙羅の生き方だった。
一方で俺は、どうだ。
クラスLINEに入りたい。
普通に話したい。
放課後に誘われたい。
全部、ここに未練がある。
なのに俺は、その未練を沙羅に押し付けていた。
「現実を見ろ」
「普通になれ」
――違う。
沙羅に必要だったのは、現実へ戻ることじゃない。
現実に、戻ってきたいと思える理由だ。
それを、俺は用意してこなかった。
用意できないまま、危ない行動だけを止めてきた。
結果が、これだ。
屋上。
異世界転生の儀式。
死ぬかどうかじゃない。
生きる場所を捨てようとしている。
俺は、深く息を吸った。
ここでまた、正論を投げつけるのは簡単だ。
でも、それは沙羅を救わない。
――なら、どうする。
答えは、一つしかなかった。
沙羅の物語を、内側から壊す。
現実で、無理やり引き戻す。
正しさじゃない。
理屈でもない。
感情だ。
俺は、一歩、前に出た。
ここから先は、もう対処療法じゃない。
選ぶ。
沙羅を、この世界に引き留める理由を。
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