元最強呪術師、転生したらダンジョン全階層制覇してしまった件
Y.
第1章 追放と「呪術」の覚醒
第1話 魔力ゼロの少年、最古の呪いを思い出す
1
「――カイ・フォン・ブラウ。君の魔力量は『ゼロ』だ。……いや、厳密には測定不能。魔力の器そのものが壊れていると言っていい」
水晶球から手が離れると同時に、冷徹な宣告が響いた。
ここは王立冒険者養成学校の講堂。豪華なシャンデリアの下、壇上に立つ教師の目は、ゴミを見るような蔑みに満ちている。
「魔力ゼロ……。そんなやつ、この学園の歴史で初めてじゃないか?」
「ブラウ家の恥晒しだな。あんなのが次期当主候補だったなんて」
「婚約者のリーシャ様が可哀想だ。あんな落ちこぼれ、早く追放すればいいのに」
周囲から投げかけられる嘲笑の礫。
だが、それを受けている少年――カイは、ただぼんやりと自分の掌を見つめていた。
(……薄い。薄すぎるな、この時代の空気は)
カイの意識は、今ここにない。
数千年前、天変地異と呪いが吹き荒れた『呪術全盛時代』。
神を呪い、悪魔を使い魔とし、ただ退屈を凌ぐためだけに世界の理を弄んでいた最強の呪術師、煉獄摩天(れんごく・まてん)。
それが、今のカイの正体だった。
(魔力、か。この時代の連中が崇めているそのエネルギーは、我々の時代では『呪力の残りカス』に過ぎん。そんなものを測る道具で、私の底が見えるはずもなかろうに)
カイは溜息をついた。
転生して16年。ようやく前世の記憶と魂が完全に馴染んだ。
だが、目覚めて早々、この状況である。
「カイ、聞こえているの?」
凛とした、しかし冷ややかな声がした。
銀髪の美少女、リーシャ・ヴァン・アルト。カイの婚約者であり、学園一の天才魔導師だ。
「貴方との婚約は、今この瞬間をもって破棄させてもらうわ。アルト家は、魔力を持たぬ無能を迎え入れるほど慈悲深くはないの。……さようなら、カイ。これからは身の程をわきまえて、平民としてひっそりと生きなさい」
リーシャは一度も目を合わせることなく、背を向けて去っていった。
教師が追い打ちをかけるように告げる。
「決定だ。カイ・フォン・ブラウ、貴様を本日付で退学とし、冒険者ギルドの登録資格も剥奪する。即刻、この場から立ち去れ!」
カイは何も言わず、ただ薄く笑った。
「……ああ、わかった。それがいい」
復讐も、弁明も必要ない。
最強と呼ばれた男にとって、アリが何を言おうと、靴の裏の泥ほども興味がなかった。
ただ一つ、カイが求めているのは――この退屈を埋めてくれる、強烈な「呪い」だけだった。
2
学園を追い出されたカイは、その足で王都の端にある「奈落の入り口」へと向かっていた。
『Fランクダンジョン:亡者の地下道』。
初心者冒険者がスライムやスケルトン相手に小銭を稼ぐ場所だ。
今のカイはギルドカードを没収されているため、正規の入り口は通れない。
だが、呪術師にとって「結界」など、扉のついていない家も同然だった。
「さて、少しはマシな負の感情が溜まっているかな」
カイは結界の隙間に指を差し込み、わずかに指先を捻った。
パリン、と空間が割れるような音がして、彼は闇の中へと足を踏み入れる。
現代の冒険者は、松明を掲げ、剣を構え、数人のパーティーで慎重に進む。
だが、カイは丸腰だ。制服のポケットに手を突っ込み、散歩でもするかのように奥へと進む。
「ギギッ……!」
背後から飛び出してきたのは、腐った肉をぶら下げたゾンビだ。
常人ならその異臭と恐怖に竦み上がるだろう。
だが、カイは振り返りさえしない。
「――跪け」
一言。
ただそれだけの言葉に、世界そのものが震えた。
ゾンビは物理的な衝撃を受けたわけでもないのに、床に叩きつけられた。
骨が砕ける音。腐肉が潰れる音。
それは魔法ではない。言語に呪いを乗せ、対象の存在権を否定する『呪言(じゅごん)』。
「醜いな。死んでいるなら、死体らしく静かにしていろ」
カイが通り過ぎるだけで、通路に潜んでいた魔物たちが次々と自らの首を絞め、壁に頭を打ち付けて「自害」していく。
彼にとって、この階層の魔物は虫ですらなかった。
3
カイは最短距離を突き進んだ。
迷路のようなダンジョンだが、彼の「眼」には、マナの収束点――すなわちボスの居場所が透けて見えていた。
「おいおい、Fランクのダンジョンに、こんなものが隠れているのか」
最下層。
本来なら巨大なスケルトンがいるはずの部屋にいたのは、明らかに場違いな存在だった。
全長10メートルを超える、漆黒の多足獣。
全身から、致死性の瘴気を放っている。
「……『大罪喰らい(シン・イーター)』か。懐かしいな。数千年前、私の庭で飼っていた駄犬の類だ」
それは、現代のランクで言えば「SSS級」に相当する、伝説級の魔物だった。
おそらく、ダンジョンの深層で眠っていた個体が、何らかの拍子に地上付近まで上がってきたのだろう。
「グルルル……ッ!!」
大罪喰らいが、その巨大な顎を開く。
その口内には、数千の怨念が渦巻いていた。
放たれたのは、触れるもの全てを腐らせる「極大暗黒魔法」。
真っ黒な光線が、カイの小さな体を飲み込もうと迫る。
だが。
カイは避けない。
どころか、あくびを一つした。
「そんな薄い呪いで、私を殺そうというのか? 失礼にも程がある」
カイがゆっくりと右手を掲げる。
「――反転呪術・極楽浄土(ごくらくじょうど)」
黒い光線がカイの指先に触れた瞬間。
禍々しい闇の色が、透き通るような純白へと塗り替えられた。
「なっ……!?」
魔物でありながら、大罪喰らいは驚愕に目を見開いた(ように見えた)。
自分が放った「破壊の力」が、正反対の「浄化の力」へと強制的に変換され、濁流となって自分自身へと跳ね返ってきたのだ。
「ギャアアアアアアアアアッ!!!」
断末魔。
闇の化身である大罪喰らいにとって、純白の浄化は最も過酷な毒だ。
巨大な体が内側から弾け飛び、光の粒子へと変わっていく。
現代の冒険者が100人がかりで数日かけて挑むような怪物が、わずか数秒。
それも、相手の攻撃を跳ね返しただけで消滅した。
4
静寂が戻った部屋の中心で、カイは床に落ちた「核(コア)」を拾い上げた。
通常の魔石とは比較にならないほど、濃密な呪力が詰まった黒い宝石だ。
「ふむ、これ一つで前世の私の爪の先くらいの力は取り戻せるか」
カイは躊躇なく、その核を口の中に放り込み、ガリガリと噛み砕いた。
普通の人間がそんなことをすれば、即座に呪い殺される。
だが、カイにとっては最上のサプリメントに過ぎない。
「……ご馳走様。少しは腹の足しになった」
体中を駆け巡る呪力を馴染ませながら、カイは部屋の奥にある「開かずの扉」を見つめた。
それは、この世界の誰もが到達できなかった、11階層へと続く階段だ。
「魔力ゼロ、追放者、落ちこぼれ。……ふん、好きに呼ぶがいい」
カイは口角を吊り上げ、暗い階段の先を見据えた。
「この世界の『底』に何があるのか。せいぜい楽しませてもらうぞ。……もし私を退屈させたなら、その時はこの世界ごと、呪い殺してやるからな」
少年の姿をした「最悪の呪術師」は、鼻歌混じりに闇の奥へと消えていった。
これが、後に「世界最速の踏破」として神話に刻まれる伝説の、あまりにも静かな幕開けだった。
元最強呪術師、転生したらダンジョン全階層制覇してしまった件 Y. @y-sipitu_love
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