エピローグ「陽だまりのフルール・リリエン」

 あれから、5年の月日が流れた。

 俺は、あの小さな花屋『フルール・リリエン』の店主として、再びカウンターに立っている。

 蓮は、俺が自分の居場所を失くしてしまわないようにと、元の店の土地ごと買い取り、改装してプレゼントしてくれたのだ。

 以前よりも少し広くなった店内には、いつも季節の花々が溢れ、優しい香りで満ちている。


「パパ、これ、どうぞ!」


 カウンターの足元から、小さな手が、一本のガーベラを差し出してきた。

 見れば、色素の薄い髪と、灰色の瞳を持った、小さな男の子が、にこにこと笑っている。

 俺と蓮の間に生まれた、たった一人の宝物。陽(はる)だ。


「ありがとう、陽。パパにくれるのかい?」


「うん!パパみたいに、じょうずにできた?」


 陽は、俺の隣で、小さなバケツに入った花を使って、一生懸命ブーケ作りの真似事をしていたらしい。不格好だけど、心のこもった、世界で一番可愛い花束だ。


「ああ、とっても上手だ。パパ、嬉しいな」


 俺が陽を抱きしめると、彼はきゃっきゃと嬉しそうに笑った。

 フェロモンの性質はまだ分からないが、きっと、蓮に似て、立派なアルファになるだろう。


 チリン、とドアベルが鳴った。


「ただいま、湊、陽」


 スーツ姿の蓮が、穏やかな笑顔で立っていた。巨大企業のCEOは、家に帰れば、ただの優しい夫で、父親の顔になる。


「おかえりなさい、あなた」


「ダディ!おかえりー!」


 陽が、蓮の足に駆け寄って抱きつく。蓮は、ひょいと息子を抱き上げると、その頬にキスをした。

 ごく当たり前の、幸せな光景。

 5年前の俺には、想像もできなかった光景だ。


「今日は、お客さんが来てくれるんだろう?」


 蓮が、俺に尋ねる。


「ええ。もうすぐ、いらっしゃる頃だと……」


 俺がそう言った時、再び、ドアベルが鳴った。

 入ってきたのは、見慣れない若いカップルだった。アルファの男性と、少し緊張した面持ちのオメガの青年。


「いらっしゃいませ」


「あの……こちらで、結婚式のブーケをお願いできると聞いて」


 オメガの青年が、おずおずと尋ねる。

 彼の指には、まだ真新しい指輪が光っていた。


「はい、もちろんです。おめでとうございます」


 俺は、心からの笑顔で彼らを迎えた。


 どんな花が好きですか。どんな色が好きですか。

 どんな結婚式にしたいですか。

 俺は、彼らの話を丁寧に聞きながら、頭の中でブーケのデザインを組み立てていく。

 幸せそうな二人を見ていると、俺まで幸せな気持ちになる。


 昔、花屋は、俺にとって、世界から身を隠すためのシェルターだった。

 でも、今は違う。

 ここは、俺が、誰かの幸せを形にする場所。

 蓮が与えてくれた、大切な、大切な居場所だ。


 打ち合わせを終えたカップルが、晴れやかな顔で帰っていく。

 その背中を見送りながら、俺は、隣に立つ蓮の手に、そっと自分の手を重ねた。

 蓮が、優しく握り返してくれる。


「俺、今、すごく幸せです」


「俺もだよ、湊」


 蓮の灰色の瞳が、愛おしそうに俺を細める。

 その瞳の中に、穏やかに笑う俺と、彼の腕に抱かれた陽の姿が映っていた。


 陽だまりのように温かい、この場所で。

 俺は、愛する家族と共に、これからも生きていく。

 かつて、砕け散ったと思っていた俺の人生。

 その欠片を、蓮が一つ一つ丁寧に拾い集め、世界で一番美しい花束にしてくれた。


 雨上がりの空には、綺麗な虹がかかっている。

 もう、大丈夫。

 俺の人生は、愛と、希望と、そして美しい花々で、満ち溢れているのだから。

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紫陽花の君へ捧ぐ森の愛~トラウマ花屋と一途なスパダリ社長のオメガバース~ 藤宮かすみ @hujimiya_kasumi

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