音紋 — Sound Print —

晴久

プロローグ

——こんなことを、考えたことはないだろうか。


この平和な日本においてもなお、なぜ犯罪がこの世から減らないのか。


人間の中には、生まれつき更生できないような「欠陥」を抱えた者が紛れているのではないか。

これは、日本の歴史の中で何度も繰り返されてきた、どうしても拭い去ることのできない疑念だ。


刑が軽すぎるから罪は繰り返され、何も知らない市民の隣で元受刑者が平然と暮らしている不条理。

再犯率は高止まりし、刑務所の中のほうが外よりも楽なのではないかと、社会の仕組みを疑ってしまうことさえある。


もし被害者が再び狙われたら、その責任はいったい誰が取るのか。


この拭えない問いに対し、ついに日本は一つの答えを出した。


四方を海に囲まれ、外界から物理的に遮断された「島国」という立地。

これこそが、逃げ場のない「完璧な正義」を具現化するための、最も理想的な土台となったのだ。


この国は、人間の不安定な正義を廃し、一切の私情を挟まない刑罰の仕組みを作るため、国家プロジェクトとして膨大なシミュレーションを重ねた。

何万回、何億回という計算上の失敗と、血の滲むような試行錯誤の果てに、ついに「エラーのない絶対的な知能」を完成させたのである。


それは、日本政府が導入した、高度な自律型AIが管理する孤島型収容施設ことうがたしゅうようしせつ

完全隔離型刑罰かんぜんかくりがたけいばつシステム—— 通称、アヴァロン。


島の中に、人間の看守は一人もいない。

監視も判断も、分刻みの更生プログラムも、刑期の計算までも、すべてを「間違いを犯さない機械」が担う。


そして、この制度の核となるのが、システムである。

犯罪が確定した瞬間、AIが被害者の受けた損害を瞬時に算出し、国がその全額を立て替えて支払う。


加害者は、その負債を一生かけて国に返さなければならない。

被害者が泣き寝入りすることのない、徹底した効率主義の結晶だ。


収容された者は、島での労働によってのみ、その補償金を返済できる。

どれだけ元の世界に資産があろうとも、完済するまでは島から出ることが出来ない為、支払いに充てることは不可能。

自分の肉体や技術を使い、労働という価値を国に納めることだけが、外に出るための唯一の道となる。


また、高い技術や機密を保持する収容者の家族は、情報を守るという名目で全員が島へ隔離される。

社会とのつながりは完全に断たれ、AIが決めた莫大な補償金を返すための「労働力」として扱われるのだ。

その場合、家族全員でアヴァロンが決めた罪の重さをあがなう仕組みである。


一切の主観を排除した、純白のアルゴリズム。

人々はこの冷徹な計算こそが、真に平等な正義なのだと確信していた。

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