1-4



 試合後、俺は紫苑と共に闘技場の控室にいた。


 御剣は救急隊に運ばれ、会場は騒然としていた。


「神凪蓮——君のことは、調べさせてもらった」


 プロリーグの関係者らしき男が、俺に話しかけてきた。


「三年前、プロ候補生だったそうだね。虚刃の使い手——非常に興味深い」


「……」


「今回の件、君の行動は明らかにルール違反だ。だが——御剣の使った技術も違法。そして、君は天ノ原選手と観客を救った」


 男は、眼鏡を直しながら続けた。


「プロリーグとしては、今回の件を不問とする。ただし——」


 男は、意味深に笑った。


「もし君がプロに復帰する気があるなら、いつでも歓迎するよ」


 そう言って、男は名刺を俺に渡して去っていった。


 控室に、再び静寂が戻る。


 俺と紫苑、二人だけになった。


「……蓮」


 紫苑が、初めて俺の名を呼んだ。


「今日は、本当にありがとう。あなたがいなければ——私は、どうなっていたか」


「……気にすんな」


 俺は、窓の外を見つめた。


 ネオ・カマクラの夜景が、キラキラと輝いている。


「でも——どうして来てくれたの?」


 紫苑の声には、疑問と——少しの期待が混じっていた。


「あなた、私のパートナーになるのは断ったのに」


「……分からない」


 俺は正直に答えた。


「気づいたら、体が動いていた」


「……そう」


 紫苑は、少し微笑んだ。


 そして——彼女は、俺の隣に座った。


「ねえ、蓮。もう一度聞いてもいい?」


「……何を?」


「私のパートナーになって」


 紫苑の瞳が、真剣に俺を見つめる。


「今日、あなたと一緒に戦って——分かったの。あなたの剣が、私には必要だって」


「……」


「あなたの虚刃は、どんな強大な力も中和できる。それは——私にとって、完璧な補完になる」


 紫苑は、俺の手を握った。


「それに——あなたと一緒にいると、何か——心が、温かくなる」


 彼女の声には、どこか切なさが滲んでいた。


「私、ずっと一人だった。誰も私を理解してくれなかった。誰も、私と対等に話してくれなかった」


「……」


「でも、あなたは違う。あなたは——私を、一人の人間として見てくれる」


 紫苑の瞳が、潤んでいた。


「だから——お願い。私と、一緒に戦って」


 俺は、しばらく黙っていた。


 彼女の言葉が、胸に響く。


 そして——俺自身も、気づいていた。


 紫苑と一緒にいると——心が、少しだけ軽くなる。


 三年間、ずっと重かった心が——少しだけ、動き出している。


「……条件がある」


 俺は、ゆっくりと口を開いた。


「条件?」


「俺は、まだプロに復帰する気はない」


 紫苑の表情が、少し曇った。


「でも——お前が本当に困った時は、助けてやる」


「……それって」


「パートナーじゃない。ただの——協力者だ」


 俺は、紫苑の目を見た。


「それでいいなら、力を貸す」


 紫苑は、一瞬驚いた表情をした。


 そして——彼女は、嬉しそうに微笑んだ。


「……ありがとう」


 彼女は、俺の手を強く握りしめた。


「それでいい。今は、それで十分」


 紫苑の笑顔は——今までで、一番柔らかかった。




-----




 その夜、俺は自分の工房に戻っていた。


 だが——部屋には、すでに客がいた。


「よっ、お帰り」


 明里が、にこやかに笑っていた。


「……なんで勝手に入ってるんだ?」


「合鍵持ってるもん。幼馴染特権ね」


 明里は、テーブルにコーヒーを二つ用意していた。


「で、どうだった?天ノ原紫苑との試合」


「……見てたのか?」


「当たり前じゃん!ネットで生中継してたんだよ?もう、めちゃくちゃ話題になってるよ」


 明里は、スマホの画面を俺に見せた。


 画面には、俺と紫苑が御剣を倒した瞬間の映像が流れていた。


『謎の剣士、天ノ原紫苑を救う!』

『虚刃の使い手、再び!』

『神凪蓮——三年ぶりの復活か!?』


 様々な見出しが、ネット上を賑わせていた。


「すごいじゃん、蓮!もう、超有名人だよ!」


「……面倒くさい」


 俺は、ため息をついた。


「でもさ、良かったね」


 明里は、優しく微笑んだ。


「蓮、また剣を握ったんだね」


「……ただ、助けただけだ」


「嘘。蓮の顔——めちゃくちゃ真剣だったもん」


 明里は、俺の目をじっと見つめた。


「蓮、本当は——また、戦いたいんでしょ?」


「……」


 俺は、何も答えられなかった。


 明里の言う通り——今日、リングに立った時、俺の心は高鳴っていた。


 三年ぶりに、本気で剣を振るった。


 三年ぶりに——生きている実感を得た。


「……分からない」


 俺は、正直に答えた。


「でも——紫苑と一緒にいると、何か——」


「何か?」


「心が、動く」


 明里は、少し寂しそうに微笑んだ。


「……そっか」


 彼女は、コーヒーカップを手に取った。


「蓮が、前に進めるなら——それでいい」


「明里……?」


「私ね、ずっと心配してたの。蓮が、このまま過去に囚われて——一生、剣を握らないんじゃないかって」


 明里の声が、少し震えた。


「でも——今日、蓮が剣を握ったのを見て、嬉しかった」


 彼女は、涙ぐみながら笑った。


「蓮が、また前を向いてくれたことが——すごく、嬉しかった」


「……明里」


「だからね、蓮。もう、過去に囚われないで」


 明里は、俺の手を握った。


「柊も、きっとそう思ってる。蓮が笑顔で剣を振ること——それを、一番望んでるはずだから」


 俺の胸が、熱くなった。


 明里の言葉が——柊の声のように聞こえた。


「……ありがとう」


 俺は、そう答えることしかできなかった。




-----




 翌日、午後。


 俺は、紫苑に呼び出されて、とあるカフェに来ていた。


「来てくれたのね」


 紫苑は、いつもの和モダンな装いで、窓際の席に座っていた。


「……で、何の用だ?」


「単刀直入ね。相変わらず」


 紫苑は、クスッと笑った。


「実は——あなたに紹介したい人がいるの」


「紹介?」


 その時、カフェの扉が開いた。


 入ってきたのは——


「よっ!天ノ原!」


 明るい声と共に、一人の少女が飛び込んできた。


 プラチナブロンドのショートボブ。エメラルドグリーンの瞳。長身でアスリート体型。


 派手なレザージャケットとスキニーパンツ。右耳には複数のピアス。


「……誰だ?」


「クロエ・リーベルト。プロリーグの新人よ」


 紫苑が、紹介した。


「クロエ、彼が神凪蓮」


「おお!噂の虚刃の使い手!やっと会えた!」


 クロエは、俺の前に座ると、キラキラした目で俺を見つめた。


「昨日の試合、見たよ!めちゃくちゃカッコ良かった!」


「……ありがとう」


「ねえねえ、虚刃ってどんな感じなの?相手のエネルギー、本当に消せるの?」


 クロエは、興奮気味に質問を浴びせてきた。


「……まあ、そんな感じだ」


「すげー!俺も一回、体験してみたい!」


「俺?」


 俺は、思わず聞き返した。


「ああ、私、一人称『俺』なんだ。気にしないで」


 クロエは、あっけらかんと笑った。


「クロエは、自由奔放なの。でも——実力は本物よ」


 紫苑が、補足した。


「彼女、プロになってまだ半年だけど、もうB級ランカーに昇格してる」


「へー、紫苑にそこまで言わせるなんて、光栄だなー」


 クロエは、嬉しそうに笑った。


「で、なんで俺を紹介したんだ?」


 俺は、紫苑に尋ねた。


「実は——来週、ペア戦の予選があるの」


「ペア戦?」


「ええ。二人一組で戦う、新しい形式の試合。プロリーグが今年から導入したの」


 紫苑は、タブレットを俺に見せた。


 画面には、ペア戦のルールが表示されていた。


「二人で協力して、相手ペアのコアを破壊する。ただし——」


 紫苑は、真剣な表情で続けた。


「ペアの二人は、『同調シンクロニシティ』を使える必要がある」


「同調……」


 その言葉を聞いて、俺は昨日のことを思い出した。


 紫苑と一緒に戦った時——確かに、何か——心が繋がったような感覚があった。


「私とあなたは、昨日——偶然だけど、同調できた」


 紫苑の瞳が、俺を見つめる。


「だから——このペア戦に、一緒に出てほしいの」


「……待て。俺はまだプロに復帰してない」


「分かってる。だから——これは、エキシビジョンマッチよ」


「エキシビジョン?」


「本戦じゃなくて、プレマッチ。観客を楽しませるための、デモンストレーション試合」


 紫苑は、優しく微笑んだ。


「これなら、あなたもプレッシャーなく戦えるでしょ?」


「……」


「お願い。一度だけでいいから——私と、一緒にリングに立って」


 紫苑の瞳が、真剣に俺を見つめる。


 俺は、しばらく考えた。


 そして——


「……分かった」


「本当!?」


 紫苑の顔が、パッと明るくなった。


「ただし、これっきりだ」


「……ありがとう」


 紫苑は、嬉しそうに微笑んだ。


「よっしゃ!じゃあ俺も見に行くわ!」


 クロエが、興奮気味に立ち上がった。


「二人の同調、めちゃくちゃ楽しみ!」




-----




 その夜。


 俺は、工房でD-SABREのメンテナンスをしていた。


 来週のエキシビジョンマッチに向けて、準備が必要だった。


「……同調、か」


 俺は、自分のD-SABREを見つめた。


 透明に近い、薄い銀色のプラズマ。


 これが——紫苑の深紫のプラズマと、どう繋がるのか。


 その時、スマホが鳴った。


 画面を見ると——紫苑からのメッセージだった。


『明日、一緒に訓練しない?同調の練習がしたいの』


 俺は、少し迷った。


 だが——


『分かった。場所は?』


 俺は、そう返信した。


 すぐに、紫苑から返事が来た。


『ありがとう!明日、午前十時に天ノ原道場で待ってる』


 天ノ原道場——紫苑の実家が運営する、伝統ある剣術道場。


 俺は、スマホを置いて、再びD-SABREを見つめた。


「……また、剣を握るのか」


 三年ぶり。


 本格的に、訓練をする。


 それは——もう、後戻りできないということだ。


「……まあ、いいか」


 俺は、小さく呟いた。


 心のどこかで——もう、決めていた。


 紫苑と一緒なら——また、前に進めるかもしれない。


 透明な刃と、孤高の天才。


 二つの剣が、どう交わるのか。


 それは——まだ、誰にも分からない。

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プロを諦めて裏の世界に堕ちた俺が、最強の美少女剣士に見出されて世界の頂点を目指す話 まめだいふく @bantaro

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