成長

次の週末、俺はついに決意した。


「……変わりたい」


その思いだけを頼りに、俺は前髪を切ることにした。

美容院は知らない人と話すのが怖くて無理だったから、自分で鏡の前に立ち、ハサミを握った。


思い切って切ってみたものの、予想以上に短くなった。


「や、やばい……ちょっと切りすぎたかも」


でも――これで変われるなら。

ほんの少しでも、自分を変えるきっかけになるなら。

この失敗すら、無駄にはしたくなかった。


月曜日。


教室の前で、足が止まった。

急に怖くなった。

この髪を見て、みんなに引かれたらどうしよう。

笑われたら? 何か言われたら……。


期待と恐怖で呼吸が浅くなる。手がドアノブに触れたまま、まるでノリで貼り付けたように動けなくなっていると、背後から声が飛んできた。


「東雲? 入んねぇの?」


肩が跳ねた。慌てて振り返ると、そこには朝霧がいて、俺の顔をのぞき込むように見ていた。


「朝霧!?」


とっさに目を逸らし、手で前髪を隠す。


「……何してんの」


朝霧は不思議そうに俺の手を見つめる。

そして次の瞬間、そっと手を伸ばし、俺の前髪を覆っていた手をどけた。はっきりと俺の前髪を見ている。


「え、あ、こ、これは……」


動揺してうまく言葉が出ない俺を見て、朝霧は目を細めた。


「……髪、切ったんだ」

「う、うん……変、だよね?」


思わず目を伏せると、朝霧は少し笑った。

でもそれはからかう笑顔ではなく、どこか嬉しそうな表情だった。


「似合ってんじゃん」

「……本当?」

「本当。ちゃんと俺があげたピンもつけてるし。前よりずっと顔が見える。明るく見えてるよ」


そう言うと、迷わず教室のドアを開けた。


「ほら、入んぞ」


ためらう俺の背中を、ポンと軽く押す。


「ちょ、待っ……」


教室にはすでに多くのクラスメイトがいた。

一斉に視線が向く気がして、肩がすくむ。


そのとき――


「東雲くん、髪切った?」


ドア近くの席に座っていた女の子が、何気なく声をかけてきた。


「えっ」


声が裏返る。話したことのない子だった。


「……う、うん」


必死に言葉をつなぐと、その子はにこっと笑った。


「へぇ、似合ってるね。前よりすっきりしたし」

「……あ、ありがとう」


会話はそれだけだった。

でも、俺にとって――

クラスメイトと、しかも女の子と話せたこと自体が、信じられないくらいの大事件だった。


嬉しさがこみ上げ、自然と朝霧の姿を探す。

気づけば彼は教室にいなかった。


廊下に出て周囲を見渡すと、ちょうどトイレに向かう朝霧を見つけた。


「朝霧!」


駆け寄りながら、抑えきれない気持ちが口をついて出る。


「お、俺、クラスの子と話せたよ! 少しだったけど……」


朝霧は目を丸くしたあと、ぱっと笑顔になった。


「すごいじゃん。最初の一歩って、一番勇気いるんだぞ?……よく、頑張ったな」


その言葉と笑顔に、胸の奥がじんわり温かくなる。


「……うん!」


声が少し震えたのは、たぶん嬉しさのせいだと思いたい。

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