好物
無事に頂上までたどり着いた。
途中で何度か足を止めたけれど、そのたびに朝霧が歩くスピードを緩めてくれた。
上からは「もうへばったのか?」なんて煽ってきたけれど、むしろその軽口のおかげで最後まで登りきれた気がする。
とはいえ、余裕があったわけじゃない。頂上に着いた瞬間、俺は日陰へ逃げ込むようにして座り込んだ。
ドサッ、と音を立てて朝霧が隣に腰を下ろす。
「大丈夫か、運動不足」
「うるせぇ、運動バカ」
いかにも元気そうな顔がムカついて、思わず肩を小突いた。
「なんだよ」
「……なんでもない」
先生の注意事項が終わると、すぐに自由行動の時間になる。
俺はさっきの場所に戻り、弁当を広げた。するとまた当然のように、朝霧がやって来る。
「友達と食わなくていいのかよ」
「アイツらとはいつも食ってるし。たまにはこっち優先でもいいだろ」
そう言って隣に座る朝霧。
昔は一人で食べていた遠足の弁当。なのに今は、すぐそばにあいつがいる。……なんだか不思議な感じだった。
「あ、それまた入ってる。ちくわの磯辺揚げ。好きなん?」
「……まあね」
「へぇ……なぁ、それ1個ちょうだい」
「は?」
「いいだろ。俺の卵焼きと交換」
少し戸惑った。こんな“友達みたいなこと”、俺がしていいのかって。
でも気づけば、口が勝手に動いていた。
「……い、いいけど」
「やった。いただきます」
磯辺揚げを頬張った朝霧は、嬉しそうに言う。
「美味っ。こりゃ好物になるわ」
「……そ、そう」
「じゃあお返し。卵焼きどうぞ」
俺の弁当に、そっと卵焼きを置いてくる。断る理由もなく口に入れると、素直に言葉がこぼれた。
「ん、うまい」
「そっか。よかった」
そよ風が頬をなでる。
隣から漂う磯辺揚げの匂いと、運動部らしく大量の弁当を頬張る朝霧の横顔。
会話が途切れても、不思議と心地いい。
今までの俺なら落ち着かなくて仕方なかったはずなのに。
──今はただ、この静けさが、ただただ心地よかった。
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