謝罪
机の上に荷物を置き、準備室を出ようとしたとき――背後から声が飛んできた。
「東雲」
足が止まる。仕方なく振り返ると、思ったより近くに朝霧がいた。
そして次の瞬間。
深く、頭を下げてきた。
「……は?」
意味がわからなくて、言葉が出ない。
けれど朝霧は顔を上げず、そのまま続けた。
「悪かった。罰ゲームなんかを理由に近づいたりして……ほんと、悪かった」
その声は、今までの軽いノリとも、作り物みたいな笑顔とも違っていた。
素直で、静かで、まっすぐで。
初めてだった。誰かに、ちゃんと謝られるなんて。
しかも朝霧みたいな“別の世界の人間”から。
想定外すぎて、頭が追いつかない。
「……いや、え……な、何、急に」
うまく声が出てこない。喉の奥が詰まる。
そんな俺を見て、朝霧は小さく息をついた。
「別に、許してとは言わない。でも……嘘とか罰ゲームとか抜きで、ちゃんと、東雲と話したいだけ」
耳たぶを触りながら言うその仕草。
嘘をつくとき、緊張するとき、いつもあいつは耳たぶを触る。
でも今、その指先はほんの少し震えていた。
「……もう遅えだろ。今さら信じろってのかよ」
本心なんてわからない。
期待して、また裏切られるのは嫌だ。
それでも――心の奥が勝手にざわつく。
「……信じなくていい。今すぐじゃなくてもいい。ただ――」
朝霧の口元がわずかに揺れる。作り物じゃない、不器用な表情で。
「無視は、やめてほしい。……普通に傷つくから」
その言葉に、一瞬、息が詰まった。
朝霧だって人間だ。
俺とは違う世界の人間でも、ちゃんと傷つく。
もしかしたら俺が無視するたび、こんな顔をしてたのか。
辛くて、今にも泣きそうな、この顔を。
まっすぐ差し出された弱さに、胸の奥がきゅっとなって。
気づけば口から言葉がこぼれていた。
「……ごめん」
思わずそう返すと、朝霧の目がわずかに和らぐ。
「じゃあ、仲直りな」
そう言って、手を差し出してきた。
「……なにそれ」
「握手。ほら、仲直りの定番」
差し出された手を一瞬見て――首を横に振る。
「やだ。そういうノリ、あんまり好きじゃない」
きっぱり言い返すと、朝霧は肩をすくめた。
「あーあ。……ま、いっか。気が向いたらで」
その何気ない言い方と、ふっと緩んだ顔に、つられて俺も少し笑ってしまう。
お互いに、ほんの小さく――けど確かに笑い合った。
……誰かと、こうして笑い合うの。
いつぶりだろう。
胸の奥が、ほんの少しだけあったかくなる気がした。
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