第3話

禁忌の錬金術


美咲が路地裏で目にしたのは、かつての「魔法」が、現代の「悪意」によって呪いへと書き換えられる光景だった。

精製:日用品の「解体」

工作員たちが隠れ家としていたのは、一見、どこにでもあるリサイクル業者の倉庫だった。しかし、その内部には、デヴィッド・ハーンが辿り着けなかった「量産型」の抽出プラントが築かれていた。

彼らは、買い集めた数万個のランタン用マントルを巨大なミキサーで粉砕し、強酸の海に沈めていた。

「……硝酸トリウムの抽出ね」

美咲は壁の隙間から、防護服を着た男たちが黙々と作業する様を凝視した。本来、暗闇を優しく照らすはずのトリウムは、溶剤の中でドロドロとした灰色の液体へと変わり、やがて真空乾燥機によって、純度の高い「燃料の種」へと姿を変えていく。

隣の作業台では、山積みにされた火災報知器が機械的に解体されていた。ピンセットで取り出されるのは、マッチの頭よりも小さなアメリシウム241の小片。一個では無害なその欠片も、一千、一万と集まれば、周囲の空気を紫色の不気味な光でイオン化させるほどの、凶悪な「中性子源」へと変貌する。


反応:目に見えない「火」


彼らの真の狙いは、核爆発ではない。さらに巧妙で、執拗な**「臨界未遂攻撃」**だった。

工作員の一人が、アメリシウムの小片とベリリウム粉末を混ぜ合わせ、鉛の筒に封入した。**「中性子銃」**の完成だ。

これを、精製されたトリウムの塊へと向ける。

爆弾のような衝撃波は起きない。しかし、トリウムが中性子を吸い込み、ウラン233へと変質を始めるその瞬間、倉庫一帯に「死の沈黙」が訪れる。

「……熱くない火が、灯る」

美咲の持つ線量計の数値が、物理的な音を立てることなく、一気に針を振り切った。

そこにあるのは、炎も煙も出さない原子炉だ。しかし、そこから放射される中性子線とガンマ線は、周囲のあらゆる物質――建物の鉄筋、アスファルト、そして人間の肉体――を、内側から「二次的な放射性物質」へと作り替えていく。


超限戦(ちょうげんせん)の真髄 ―戦場なき滅び―


佐藤がボロン消火剤を手に廃校へ急行する裏側で、日本という国家そのものが、弾丸一発も使われない**「超限戦」**の深淵に引きずり込まれていた。

超限戦とは、軍事と非軍事、戦闘員と非戦闘員の境界を完全に消失させた、あらゆる手段を兵器とする戦争である。


認知の汚染:情報の核爆発


某国の工作員たちが仕掛けたのは、物理的な汚染だけではなかった。

SNSには、AIで生成された「官邸から逃亡する総理」の映像や、実際には起きていない「各地の原発での爆発」を告げる偽のニュースが、公式アカウントを装って数百万規模で拡散された。

「日本政府はアメリシウムの漏洩を隠蔽している。この水はもう飲めない」

この一文が、停電で不安に陥った国民の生存本能を直撃する。スーパーの棚から水と食料が消え、人々は互いを「汚染されているのではないか」と疑いの目で見始める。

軍隊を動かすまでもない。「社会の信頼」というインフラが、情報の毒によって内側から腐食していく。


経済の窒息:シーレーンの「見えない壁」


海では、原潜が海底ケーブルを切断すると同時に、某国の「海上民兵」と呼ばれる漁船団が、日本の主要港の入り口に、アメリシウムとラジウムを含んだ**放射性スカッド(泥)**を散布した。

「日本の港湾は放射能に汚染されており、入港する船の安全は保証できない」

某国が放ったこの一言で、世界の保険会社は日本行きの船舶への保険適用を停止した。

エネルギー、食料、原材料。すべての供給が止まる。

20万人の自衛隊員は、最新鋭のイージス艦や戦闘機を持っていても、「放射能汚染」という法的・環境的な制裁の壁に阻まれ、引き金を引くべき相手さえ特定できないまま、港に釘付けにされた。


物理の簒奪(さんだつ):日用品が牙を剥く


超限戦の最も恐ろしい実態は、**「我々の生活そのものが、我々を襲う」**という点にある。

工作員たちは、スマートシティ化された都市のOSに侵入した。

家庭用スマートメーターを操作し、特定の地区に過電圧をかけ、火災報知器から意図的にアメリシウムを蒸発させる。

あなたが自分を守るために設置した「安全装置」が、某国のコマンドひとつで、部屋を汚染する「目に見えない毒ガス」へと変わるのだ。


佐藤と美咲の絶望的な抵抗


廃校の地下、トリウムの「偽装原子炉」の前に辿り着いた佐藤は、防護服越しに、某国の指揮官が残したメッセージを端末で拾った。

『佐藤分析官。君がこの火を消したとしても、日本はすでに終わっている。我々は君たちの「科学への信頼」と「隣人への信頼」を焼き切った。20万の自衛隊は、90万人の影の中に紛れた我々を探し出すことはできない。……これが、新しい時代の戦争だ』

佐藤は、ボロンの噴射ノズルを握りしめ、美咲を見た。

「……それでも、俺たちは科学者だ。嘘を真実にはさせない」

科学を悪用し、社会を分断させるのが「超限戦」なら、科学を正しく使い、人々に真実を提示し続けることが、唯一の反撃となる。

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『トールの沈黙 ―雷神の覚醒―』 もこともこ @mokotomoko

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