第2話
予兆の断片
佐藤が新宿の暗闇で五感を侵食されていた頃、世田谷の静かな住宅街にある私立大学の放射線化学研究室では、美咲がモニターを見つめたまま凍りついていた。
彼女は、SNS上の自動巡回プログラム(クローラー)が吐き出した異常なログに目を留めていた。それは、特定のフリマアプリや骨董品のオークションサイトにおける、ある「偏った購買行動」だった。
「……ありえない。これ、全部同じグループじゃないの?」
画面には、過去三ヶ月間に取引された「1950年代以前の米軍製航空時計」と「旧式の工業用煙感知器」のリストが並んでいた。
共通点は二つ。ラジウム226を用いた自発光塗料(夜光)が塗られていること。そして、その購入者がすべて、発送先を「空き家」や「転送サービス」に指定し、足跡を消していることだった。
骨董通りの静かな狂気
翌朝、美咲は西荻窪の路地裏にある、古びたアンティークショップ『トールの天秤』を訪れた。店主は、かつて彼女に貴重な実験資料を提供してくれた老コレクターだ。
「……ああ、お嬢さん。遅かったね。昨夜、残っていた『アトムレンズ』と夜光時計、それからキャンプ用のオールドランタンを、一人の客が全部さらっていったよ」
店主は、埃の舞うカウンター越しに力なく笑った。
美咲の心臓が、警鐘を鳴らす。
「その人、どんな人でしたか? それに、ランタンって……マントルがついた古いタイプですか?」
「ああ、スウェーデン製の古い奴だ。最近じゃ珍しい、酸化トリウムがたっぷり練り込まれた上等なマントルを予備まで全部だ。客は……至って普通だったよ。ただ、指先が少し白く粉を吹いたように荒れていたのが印象的だったね」
店主が指し示した棚は、不自然なほど空虚だった。
そこにはかつて、人類が「放射能」を未来の魔法と信じていた時代の、無邪気な遺物たちが並んでいたはずだった。
重なり合う「点」
店を出た美咲のスマートフォンに、佐藤からの短いメッセージが届く。暗号化された、軍用短波経由の転送メールだ。
『新宿で採取した塵から、アメリシウム241とトリウム232の残留反応。純度が極めて高い。これは事故ではない、精製された兵器だ』
美咲は、フリマサイトの画面を再び開いた。
彼女が追っていた「買い占め」は、単なるマニアの行動ではなかった。
• 火災報知器から、アメリシウムを。
• ランタンのマントルから、トリウムを。
• 夜光時計から、ラジウムを。
「あいつら、デヴィッド・ハーンのノートを再現してるんじゃない。……あれを『工業化』してるんだ」
デヴィッド少年が物置小屋で独り格闘した孤独な実験は、組織的な「調達」と「精製」によって、都市ひとつを死に至らしめるステルス・リアクターへと進化していたのだ。
美咲は震える手で、佐藤に返信を打った。
『次のターゲットがわかったかもしれない。彼らが集めていたのは、燃料だけじゃない。反射材(リフレクター)と、減速材(モデレーター)だ。……彼ら、どこかに「大きな炉」を作っているわ』
その時、美咲の背後の路地から、聞き覚えのある「あの音」が聞こえた。
ジ……ジジ……。
カバンの中に入れた彼女の小型カウンターが、狂ったように鳴り始めた。
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