文化祭
文化祭当日。私は緊張から逃げ出したくなっていた。もうすぐ出番が来る。もう舞台袖で、1個前の子達の演奏が始まった。手は緊張で震え、今にも泣き出しそうになっていた。そのとき、
「沢田さん」
玲先輩が話しかけてくれた。
「いつも通り気楽にやろう。もしみんなの方を見るのが怖かったら、俺の方を見てていい。そうすればいつもの音楽室と変わらないよ。」
そう言って私と目線を合わせ微笑む彼に、思わず私も微笑んだ。
「さぁ、そろそろ行こうか。」
「……はい!」
結局私は観客席を見ることが出来なかったため、ピアノを弾いてくれている先輩の方を見て歌った。時折、手元から目を離して私に微笑んでくれる先輩に、安心感を覚えた。
演奏終了後。結果は拍手喝采に終わった。その時初めて観客席の方を見ると、みんな笑顔になっていて、自分の歌に自信を持てた。
舞台裏に行くと、彼が先に待っていた。
「沢田さん、歌最高だったよ。200点満点!」
そう言いながら手のひらを私に向ける先輩の手に、私も手を出しハイタッチをした。その後急に玲先輩は少し沈んだ顔をしてから、目を逸らした。彼は何か言いたそうに口を開けたが何も言わなかった。その後何度か深呼吸をした後、諦めたような笑いをしながら言った。
「実は、そろそろ親から受験勉強しろって言われててさ。もう音楽室へは行けなくなるかもしれないんだ。」
「…………え?」
さっきまでの高揚が嘘のように私の心は静まり返った。
「うちの親ちょっと勉強に関して厳しくてさ、ちょっと偏差値高めの大学に行かなきゃで。音楽室に通いつめてたのがどこからか親に伝わってたらしい。だから今回の演奏が最後ぐらいの気持ちだった。…………ごめんな。言うのが遅くなって。」
「い、いえ、そうですよね、受験生になるんですもんね。」
思ったように言葉が出てこない。彼の辛そうな顔に胸が締め付けられた。彼の顔にはいつもの笑顔がどこにもなかった。彼は自分の未来に向かおうとしている。だから彼を送り出さなければならない。そう思う気持ちと同時に、もう玲先輩とあの音楽室へ行けなくなるのかと思うと、悲しくなった。1歳という年の差を強く感じた。こんなにも大きい差だったなんて。同い年だったらもっと一緒に居られたのに。しかし現実は変えられない。これは、私には無力でどうすることも出来ない問題。応援していると伝えたところで何も現状は変わらないことは分かっていたが、それ以外の言葉を見つけることが出来なかった。
「玲先輩、私、応援してます。でも無理しないで。落ち着いたらまた演奏しましょう!」
「ああ、ありがとう」
先輩を不安にさせたくない。その一心で「笑顔」を作った。無力な私にはそれしか出来ないから。
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