おとで繋ぐ

紅野

始まり

 ある日の放課後、部活生の声が辺りに響く中、微かにピアノの音色が聞こえた。その音が無性に気になり、辿っていってみると、音楽室の前に到着した。そっと中を覗くと、夕日の光が演奏を奏でる男性の背中を照らしていた。優しい音色の奥にどこか悲しさを感じる。その表情は微笑んでいたけれど、今にも泣き出してしまいそうにも見えた。そのとき彼と目が合った。


「こんにちは。」


 さっきまでの悲しさが消え、穏やかな顔立ちになった。


「こ、こんにちは。すみません勝手に聴いてしまって。」

「いえいえ、構いませんよ。何年生ですか?」

「えっと、一年生です。」

「じゃあ後輩か!よろしくね。君の名前は?」

「沢田愛華といいます。よろしくお願いします。あなたのお名前は?」

「俺は早瀬玲。気軽に玲先輩って呼んでね。そういえば沢田さんはどうしてここに?」

「えっと、ピアノの音が聞こえたので気になって……」

「……俺のピアノどうだった?最近ちょっと調子悪くてさ」

「とても綺麗でした。楽器をしてないのであまり専門的なことは言えませんが、、先輩のピアノ好きです」

「ありがとう。それが聞けただけで嬉しいよ。」


 彼のはにかんだその笑顔に、胸が暖かくなった。


「いつでも来なよ。俺昼休みとか放課後ほとんどここにいるからさ。他に誰も来てくれなくて寂しかったんよ。」

「えっ、あ、はい。是非。また来ます。」


 それからというもの、学校の昼休みや放課後に音楽室を尋ねると彼がいつもピアノを奏でていた。たまにお話したりリクエストをしたりして、その時間が私にとってかけがえのないものになっていた。


「ねぇ、沢田さん。俺がピアノ弾くから歌ってみない?」

「え?」


 急な提案に少し驚いた。歌うのは好きだったが人前では恥ずかしく、いつも1人の時に歌っていた。


「どっ、どうして急に?」

「沢田さんって歌うの好き?たまに鼻歌歌っててその音色が綺麗だなぁって思ってたんだ。」

「私鼻歌歌ってました!?全然気づかなかった……。……でも歌ってみたいって気持ちは、あるんです。だけど……人前で歌ったことなくて。」

「大丈夫だよ。ここには俺一人だけだし。歌いたくなったらでいいからさ。気軽にね。」


 彼が笑顔で言うから。少し勇気を出してみたくなった。

 伴奏が始まり小さな声で歌い出す。歌ってるうちに緊張がほぐれ大きな声が出る。先輩が嬉しそうな顔をしてくれる。私も思わず笑みが零れる。あっという間だった。


「どうだった?俺沢田さんが歌ってくれたから、いつも以上に弾くのが気持ちよかった!」

「わ、私も。人前で歌うのは、恥ずかしいと思ってたけど、先輩のピアノと一緒に歌って気持ちよかったし楽しかったです、、!」


 この時歌った曲は大好きな曲になった 。彼のピアノに合わせて初めて歌った曲。聴く度にあの瞬間を思い出し、勇気を貰えた。

 それから私は彼の演奏と一緒に歌うことが増えた。最初は小さかった歌声も大きくなり、上達した。


「沢田さんかなり歌上手くなったよね。俺聴き入っちゃいそうになるもん。」

「そう思って貰えるのは嬉しいです。」

「ねぇ、文化祭で歌ってみない?」

「え!?」

 突然の提案だった。

「ど、どうして、、、?」

「迷惑じゃなかったらだけどさ、俺沢田さんの歌声をもっとみんなに聴いて欲しい。」

「ひっ、、人前は、、。……先輩がピアノ伴奏してくれるなら、、、」

「ほんとに……?ありがとう!絶対みんな沢田さんの歌声好きだよ。」

「あ、ありがとうございます……。私、やってみたいです。」


 怖さは消えてない。でもそれ以上に、この音を届けてみたくなった。

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