第9話 女王の顔
――サルコジ島・サルトリ村/朝
海は、今日も静かだった。
朝の潮は穏やかで、港から離れたサルトリ村まで、波音はほとんど届かない。
かわりに聞こえるのは、風に揺れる草の音と、鶏の自己主張の強い鳴き声。
「コケェェェッ!!」
アーモンド
「うるさっ!!」
クリーム
「朝から元気ね……」
マイ
「先生の鶏、気合い入ってます!」
レイ
「餌をやった」
マイ
「理由が脳筋!」
庭先では、昨日と同じ光景。
三人の弟子は汗だく、レイは涼しい顔、ニベアは完全に余裕。
島一周ランニング、本日二回目である。
アーモンド
「先生……昨日“明日は山二回”って……」
レイ
「嘘は言ってない」
アーモンド
「回数の問題じゃないです!!」
クリーム
「アーモンド、呼吸。エルフ式呼吸を使って」
アーモンド
「寿命千年の呼吸法を人間に要求しないで!」
ニベアは木陰に立ち、弟子たちを眺めていた。
その表情は柔らかく、どこか楽しげだ。
ニベア
「いいわね。若いって」
マイ
「女王様、私たち若さ削ってます!」
ニベア
「削るほど、後で強くなるのよ」
アーモンド
「エルフ理論、だいたい長期投資すぎる!」
レイはコーヒーを一口飲み、静かに言った。
「休憩、五分」
三人
「「「短っ!!」」」
■ その手紙は、海を越えてきた
ちょうどその時だった。
風向きが、変わった。
潮の匂いに混じって、魔力の匂いが流れてくる。
クリームが、ぴくりと耳を動かす。
クリーム
「……来ます」
アーモンド
「何が?」
マイ
「鉄?」
クリーム
「違う」
次の瞬間――
空が、歪んだ。
サルトリ村の上空、何もなかった空間に、巨大な魔法陣が展開する。
古代魔法特有の、幾重にも重なる円環。
青と銀の光が折り重なり、空間そのものを削るように回転する。
アーモンド
「な、なにこれぇぇぇ!?」
マイ
「空が割れてる!?」
レイ
(静かに)「……古代魔法だ」
ニベアの表情が、一瞬で変わった。
柔らかさが消え、女王の顔になる。
次の瞬間――
バンッ!
空間が裂け、そこから“人”が落ちてきた。
いや、落ちたというより、放り出された。
「はぁっ……はぁっ……!」
現れたのは、エルフの青年。
カーター王国の紋章が刻まれた外套。
速達専用の魔道具を握りしめ、膝をつく。
速達エルフ
「……女王陛下……!」
ニベア
「報告を」
声は低く、迷いがない。
青年は息を整え、顔を上げた。
速達エルフ
「――カーター統一王国、北方海域にて」
一瞬、風が止まる。
「正体不明の大規模艦隊を確認しました」
アーモンド
「艦隊……?」
クリーム
「数は?」
速達エルフ
「現在判明しているだけで……百隻以上」
マイ
「……え?」
アーモンド
「百!? 聞き間違いじゃない!?」
速達エルフ
「……いえ。加えて」
青年は、一度唾を飲み込んだ。
「艦隊の動きが……略奪戦仕様です」
その言葉に、空気が変わる。
ニベア
「……敵意、ありと判断する」
レイはコーヒーを置いた。
「どの方向だ」
速達エルフ
「北東。カーター王国、外縁諸島に接近中」
ニベアは一瞬、目を閉じた。
その所作だけで、弟子三人は察した。
――これは、遊びじゃない。
■ 女王の決断
ニベア
「状況を整理する」
淡々と、しかし速い。
「魔法艦の有無は?」
速達エルフ
「確認中ですが……少なくとも、魔導炉を搭載した大型船が複数」
ニベア
「目的は?」
速達エルフ
「略奪、もしくは――拠点化」
クリーム
「……侵攻」
ニベア
「ええ」
アーモンド
「そんな……」
マイ
「海、こわ……」
ニベアは振り返り、レイを見る。
ニベア
「レイ」
レイ
「……ああ」
言葉はそれだけ。
だが、長年の信頼がそこにある。
ニベア
「私は、帰る」
アーモンド
「女王様……!」
ニベア
「カーター王国は、私の国。私の責任よ」
一瞬、視線がレイの首元――銀のネックレスに落ちる。
ニベア
(小さく)「……待たせるわね」
レイ
「気にするな」
いつも通りの、優しい声。
ニベア
「……ありがとう」
それだけ言って、ニベアは杖を構えた。
再び、古代魔法陣が展開する。
今度は先ほどよりも精緻で、圧倒的。
空間が歪み、光が走る。
ニベア
「行ってくるわ」
アーモンド
「ご無事で!」
クリーム
「……お気をつけて」
マイ
「女王様、帰ってきてくださいね!」
ニベアは一瞬だけ振り返り、笑った。
「もちろん」
次の瞬間、女王は消えた。
光が収束し、空は何事もなかったかのように戻る。
■ 残された者たち
しばらく、誰も口を開かなかった。
波の音。
風の音。
鶏の鳴き声。
アーモンド
「……行っちゃった」
クリーム
「女王として、ね」
マイ
「すごい……かっこいい……」
レイは、再びコーヒーを手に取った。
「……さて」
三人
「?」
レイ
「訓練、続ける」
アーモンド
「えっ!?」
クリーム
「今、この状況で!?」
マイ
「やったぁ!」
アーモンド
「お前は空気読め!!」
レイ
「世界が動いても、俺たちは強くなるしかない」
その言葉は、静かだが重い。
レイ
「ニベアが前線に立つなら……」
少し間を置いて。
「俺たちは、帰る場所を守る」
三人は、顔を見合わせた。
アーモンド
「……はい」
クリーム
「理解しました」
マイ
「がんばります!」
レイ
「よし」
そして、淡々と。
「今日の午後は、対海戦想定だ」
アーモンド
「聞いてないです!!」
クリーム
「剣聖の想定、だいたい地獄!」
マイ
「船、壊していいですか!?」
レイ
「ダメだ」
夕方、サルトリ村の空は赤く染まった。
遠く離れた海では、確実に戦火が近づいている。
だがこの小さな村では、今日も――
剣聖と弟子たちの、地獄の通常運転が続いていた。
マイアーモンドクリーム---コーヒー好きな剣聖は、今日も弟子を鍛えます---- イサクララツカ @g1922933
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