第7話 剣聖の首に、二つ目の銀

――サルコジ島・サルトリ村/夜

サルトリ村の夜は、静かだ。

潮の匂いと、虫の声。

遠くで波が砕ける音だけが、世界がまだ動いていることを教えてくれる。

その静寂の中心に――

今夜、剣聖レイ・バァフェットの家があった。

「……で?」

レイは椅子に腰掛け、湯気の立つマグカップを手にしていた。

中身は、いつものコーヒー。

修羅場でも、戦場でも、家庭訪問でも――これだけは変わらない。

「どういう状況だ?」

向かいに座るのは、二人。

ひとりは、

カーター統一王国女王、ニベア・カーター。

銀髪に夜灯りが反射し、気品と色香と“重たい愛”を完璧なバランスで放っている。

もうひとりは、

その娘、クリーム・カーター。

同じ銀髪だが、こちらは張り詰めた緊張と覚悟が混じった光だ。

テーブルの上には、紅茶と菓子。

だが誰も、手を付けていない。

空気が――重い。

■ 会議開始(※母娘)

「説明するわね、レイ」

ニベアが、いつもの女王口調で言った。

「クリームがね、あなたに――誓約を立てたいって」

レイ

「……誓約?」

クリーム

「はい!」

即答。

力が入りすぎて、椅子がきしんだ。

レイは一瞬、嫌な予感がした。

エルフの“誓約”――

それは、人間の言う「約束」や「告白」とは、意味も重さも桁が違う。

ニベアが補足する。

「エルフの習慣の話を、ちゃんとしましょう」

■ エルフの習慣:誓約と恥の文化

エルフは、長命種だ。

百年、千年という時間を生きる。

だからこそ――

軽い言葉を、何よりも嫌う。

エルフにとって

・愛の告白

・婚約

・誓い

は、すべて「人生単位の契約」だ。

ニベアが淡々と語る。

「エルフはね、言葉に“魂を縛る”種族なの」

クリームが、少しだけ視線を伏せた。

「だから……気軽に“好き”なんて言いません」

レイ

「……」

「言ったら、終わりです」

クリームは、ぎゅっと拳を握った。

「エルフにとっての誓約は、

寿命・名誉・家系・未来――全部を賭ける行為です」

レイは、理解した。

(なるほど……だから、ニベアはあれほど“重い”のか)

さらに、ニベアは続ける。

「そして、もう一つ」

「エルフは――恥の文化なの」

クリームの耳が、ほんのり赤くなる。

「肌を見せること、

感情をむき出しにすること、

欲を口にすること――

全部、恥」

レイ

「……ああ」

思い当たる節しかない。

「だから、エルフの女性は

裸を、夫にすら簡単に見せない」

クリーム

「……はい」

小さな声。

「結婚前に裸を見せるなんて……

極刑です」

レイ

「……重いな」

ニベア

「でしょう?」

■ それでも、クリームは立つ

説明が終わった後。

しばし沈黙。

その中で、クリームが立ち上がった。

「――それでも、です」

彼女は胸元に手を伸ばす。

レイの目が、そこで止まった。

(……まさか)

銀色に輝く、細い鎖。

装飾は最小限。

だが、エルフなら誰でも分かる。

ニベアが、目を細めた。

「……クリーム」

「はい」

「それは、“銀の誓約”よ」

クリーム

「分かっています」

■ エルフの習慣:銀のネックレス

銀のネックレス。

それは、エルフにとって――

“生涯に一度しか使えない誓約具”。

・恋人

・婚約者

・夫婦

どの段階で使うかは自由。

だが一度使えば、

その誓いは、魂に刻まれる。

破れば、精神が壊れる。

寿命が削れる。

最悪――生きていけない。

ニベアは、静かに言った。

「それを渡すということは、

あなたの人生を、その人に差し出すこと」

クリームは、まっすぐレイを見る。

「はい」

震えている。

だが、逃げない。

「先生」

レイ

「……」

「私は、先生を選びます」

レイの胸が、締め付けられた。

■ 剣聖の記憶

レイの脳裏に、過去がよぎる。

孤児院。

禁欲のマリア。

愛という名の修行。

泣いても、逃げても、

“見捨てない”という暴力。

(……愛は、軽くない)

ニベアも、同じだった。

愛を語らず、行動だけで示し、

命すら差し出す覚悟で、隣に立つ。

(この世界の女は……重い)

だが。

重いからこそ、逃げ続けてきた。

■ 決断

レイは、深く息を吐いた。

「……クリーム」

「はい」

「それは……」

言葉を探す。

逃げる言葉は、いくらでもある。

だが、それは――エルフに対する最大の侮辱だ。

レイは、手を伸ばした。

「……受け取る」

クリームの瞳が、潤んだ。

ニベアが、小さく息を吐く。

「……レイ」

レイ

「分かってる」

「軽く受け取らない」

クリーム

「……ありがとうございます」

レイは、銀のネックレスを受け取り――

そっと、首にかけられた。

二つ目の銀。

一つは、ニベア。

もう一つは、クリーム。

レイ

「……俺、どうなってる?」

ニベア

「エルフ的には?」

クリーム

「修羅場です」

即答。

■ その夜

議論は、決着しなかった。

正妻問題は、未解決。

未来も、未確定。

だが――

誓約だけは、結ばれた。

夜。

レイは、二人に挟まれて寝ることになった。

ニベア

「安心しなさい。エルフは恥の文化よ」

クリーム

「何もしません」

レイ

「……それ、余計怖い」

布団の中。

レイは天井を見つめ、ぼそっと言った。

「……コーヒーが、うまいな」

ニベア

「この状況で?」

クリーム

「先生、現実逃避やめてください」

ツッコミが、重なる。

サルトリ村の夜は、

今日も静かで――

剣聖の心だけが、やたらと騒がしかった。

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