第6話 お風呂好きな剣聖、温泉で全てを破壊する

――サルコジ島/サルトリ村 休日

サルトリ村の朝は、平和そのものだった。

海は凪ぎ、空は高く、雲はゆっくり流れている。

畑では朝露が葉を濡らし、鶏は「今日も俺は元気だ」と主張し、

牛は「まあまあだな」という顔で草を噛んでいる。

――つまり、何かが起きる前兆である。

レイ・バァフェットは、畑仕事を終え、鍬を肩に担いで歩いていた。

五十八歳、人間、剣聖。

魔王を討ち、魔神で一度死に、今は村長。

そして――

重度のお風呂好きである。

「……今日は休みだ」

それは昨日、彼自身が決めたことだった。

アーモンド、クリーム、マイの三人は、ここ数週間、地獄の訓練漬け。

筋肉は悲鳴を上げ、魔力は枯れ、精神は削れている。

だから、今日は完全オフ。

「二日休みだ。回復に専念しろ」

その一言に、三人はその場で倒れた。

「……先生……神……」

「……もう、剣見たくない……」

「……床が回ってる……」

レイは回復魔法をかけ、動けるようにしてやった。

「休め。明後日から、またやる」

三人

「「「……はい……(絶望)」」」

■ 剣聖の趣味:温泉

午前中、レイはいつも通り過ごした。

畑。

鶏。

牛の乳しぼり。

チーズの熟成具合チェック。

完璧だ。

昼前、彼は小さく頷いた。

「……行くか」

目的地は、村の外れ、川沿い。

火山島であるサルコジ島には、温泉が出る。

それを最初に見つけたのは、他でもないレイだった。

「温泉……ないか?」

という、極めて剣聖らしくない動機で島を歩き回り、

結果、川辺から高温の湯が湧いている場所を発見。

そこを石で囲い、流れを調整し、

――温泉を作った。

村長の権限?

そんなものは知らない。

「温泉は正義だ」

それがレイの哲学である。

■ 一方その頃、弟子たち

アーモンドは、自室(納屋)で即、寝落ちした。

騎士は休む時も全力だ。

マイは――

「よし! 鍛冶!」

休み?

知らない子ですね。

剣を叩き、槌を振るい、火を見つめる。

天然だが、天才だ。

そして、クリーム。

「……身体、固い」

魔法剣士である彼女は、魔力よりも先に筋肉が悲鳴を上げていた。

母ニベア譲りの才能だが、身体はまだ人並み。

「……そういえば」

訓練中、見つけた場所を思い出す。

――湯煙。

「……温泉」

彼女の目が、きらっと光った。

■ 温泉・剣聖サイド

レイは愛馬に跨り、温泉へ向かっていた。

リュックの中身は簡素だ。

・ウイスキー

・自家製チーズ

・タオル

完璧。

川のせせらぎ。

湯煙が白く立ち上る。

「……よし」

レイは衣服を脱ぎ、全裸になった。

ためらいはない。

ここは自分の村、自分の温泉。

湯に浸かる。

「……はぁ」

骨がほどける。

筋肉が笑う。

魔力が、ゆっくり戻る。

湯の効能は、レイが勝手に決めた。

・身体回復

・魔力回復

・関節痛

・筋肉痛

・美肌

・婦人病(なぜか)

「……万能だな」

彼はウイスキーを注ぎ、チーズを齧った。

――最高である。

■ 温泉・クリームサイド

クリームは、そっと川辺に来ていた。

湯煙の向こうに、人影は見えない。

「……誰もいない」

そう判断した。

(……先生、今日は休みって言ってたし)

彼女は衣服を脱いだ。

銀髪が背に流れ、白い肌が湯気に溶ける。

「……ふぅ」

湯に浸かる。

「……気持ちいい……」

筋肉がほぐれ、魔力が巡る。

エルフの血が、喜んでいる。

湯煙が濃く、視界は悪い。

(……誰か、いる?)

気配はある。

でも、猿とかだろう、と判断した。

――これが、全ての間違いだった。

レイは、湯の中で目を閉じていた。

酒が回り、意識が緩む。

(……ん?)

何かに触れた。

柔らかい。

「……?」

彼は無意識に、もう一度触った。

むにゅ。

「……?」

猿か?

猿の尻か?

さらに触る。

むにゅむにゅ。

(……尻尾、ないな……?)

湯煙が、風で流れた。

そして――

視界が、開けた。

そこにいたのは、

羞恥で真っ赤になったクリームだった。

胸を――

時間が止まった。

レイ

「……っ」

クリーム

「…………っ」

次の瞬間。

「ちぇ、ちぇんちぇい!!!」

噛んだ。

涙が浮かぶ。

「け、結婚してもらいますからね!!」

レイの脳裏に、既視感が走った。

(……昔……)

泉。

湯。

全裸。

ニベア。

「……またか」


空間が――

割れた。

白金の魔法陣。

古代文字。

空間転移。

「レイ!! 聞いて!! ワーウルフが――」

ニベア・カーター、降臨。

彼女は、状況を見た。

全裸のレイ。

全裸の娘。

深刻な現場。

沈黙。

「……」

ニベアは、にこっと笑った。

「……結婚宣言?」

レイ

「違う」

ニベア、クリームを見る。

「……はぁん」

クリーム

「ち、違います!!」

ニベア

「ふふ。無自覚ね、相変わらず」

そして、堂々宣言。

「私と娘を、嫁にもらってもらいますから」

クリーム

「私が正妻です!!」

ニベア

「は? 聞いてないわよ。私が正妻」

湯船の中。

地獄。

レイは湯に沈み、ウイスキーを飲んだ。

「……男は黙って、アルコールだ」

■ 崩壊

叫び声。

湯煙。

魔力。

サルトリ村の温泉は、

今日も平和だった。

――レイ以外は。

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