第5話 部屋がない。納屋が増える。女王が居座る。

――サルコジ島/サルトリ村 翌朝

サルトリ村の朝は早い。

太陽が海から顔を出す前、空が薄青にほどける頃には、風が畑を起こし、鶏が「俺はもう起きている」と主張し始める。

牛は反芻し、馬は鼻を鳴らす。

島の外れ、港からも遠いこの村には、目覚まし時計も鐘もない。

あるのは、自然と、――剣聖の生活リズムだけだ。

そして今日、その静けさを最初に破壊したのは女王だった。

「おはよう、レイ」

レイ・バァフェットは、キッチンでコーヒーを淹れていた。

コポ…コポ…という音は、昨日から変わらぬ精神安定剤。

「……おはよう」

振り向くと、そこにいた。

ニベア・カーター。

女王。

剣聖の元恋人。

そして――昨夜から、ここにいる人。

朝の光に照らされると、女王はさらに反則だった。

寝間着なのに高貴。

髪は少し乱れているのに完璧。

島の家に全く馴染んでいないのに、空間のほうが女王に合わせている。

(帰ってくれ)

レイは心の中で呟き、コーヒーを注いだ。

■ 寝不足三人衆

リビングには、すでに三人が揃っていた。

アーモンドは背筋を伸ばし、完全に起床済み。

騎士団育ちの規律は、環境に左右されない。

クリームは椅子に座り、半目。

銀髪が少し跳ねている。

昨日、感情を使いすぎた顔だ。

マイは床に座り、布団を抱えている。

どう見ても途中で寝落ちした。

「……先生」

マイが小さく言った。

「床、固いです」

レイ

「床だ」

マイ

「鍛冶場より固いです」

アーモンド

「鍛冶場と比べるな!」

クリーム

「そもそも、なぜこの家に四人も寝ているんですか……」

ニベアは当然のように椅子に座り、微笑んだ。

「家族みたいでいいでしょう?」

三人

「よくないです」

声が揃った。

レイはコーヒーを飲む。

(……コーヒーが、減る)

■ 重大な問題:部屋がない

朝食は質素だ。

焼いたパン、卵、牛乳。

畑の野菜。

レイはこういう生活が好きだ。

だが今は、人数が合っていない。

アーモンドがパンをかじりながら、真顔で言った。

「剣聖殿。問題を整理します」

レイ

「頼む」

「この家は、1SLDKです」

「……そうだ」

「寝室は一つ」

「……そうだ」

「居住者が五人」

「……昨日からな」

マイ

「先生! 増えましたね!」

アーモンド

「増えてない方がおかしい!!」

クリームが静かに続ける。

「現状、私とアーモンドとマイは、居間と床で寝ています」

ニベア

「私はレイの部屋」

レイ

「……」

クリーム

「……はい、分かりました」

アーモンド

「分かるな!!」

マイ

「先生、人気者だね!」

アーモンド

「学ぶな!!」

レイはコーヒーを置いた。

「……部屋を増やす」

全員

「それだ!」

■ 候補1:家を増築する(即却下)

マイが手を挙げる。

「先生! 家、横に増やしましょう! 鍛冶場みたいに!」

レイ

「却下」

マイ

「早い!」

アーモンド

「当然です。無断増築は許可が必要です」

ニベア

「誰の?」

アーモンド

「村長の……」

全員

「……」

視線がレイに集まる。

レイ

「……却下」

マイ

「村長が却下しました!」

クリーム

「当たり前です!」

■ 候補2:魔法で広げる(却下)

クリームが指を立てる。

「空間拡張魔法があります。内部だけ広げる――」

レイ

「却下」

クリーム

「なぜですか!?」

「家が歪む」

ニベア

「歪んだくらい、いいじゃない」

レイ

「島が泣く」

ニベア

「……そういうの、好き」

(好きになるな)

■ 候補3:納屋(全員一致)

沈黙のあと、アーモンドが外を見た。

「……納屋」

マイの目が輝く。

「でかいです!!」

クリーム

「確かに……」

ニベア

「家から少し離れているわね」

レイ

「牛と鶏がいる」

マイ

「可愛いです!」

アーモンド

「住居としてはどうかと思います!」

レイは立ち上がった。

「……納屋を片付ける」

全員

「はい!」

即決だった。

■ 納屋、現場検証

納屋は大きい。

島の良質な木材で作られた、頑丈な建物だ。

干し草の匂い。

木と土の匂い。

朝の光が梁から落ちる。

牛がこちらを見ている。

「何?」という顔だ。

マイが感動している。

「すごい……天井高い……」

アーモンド

「剣の素振りができる高さです」

クリーム

「住居としては……まあ、悪くない」

ニベアは周囲を見回し、さらっと言った。

「ここ、私の部屋にしようかしら」

三人

「却下です」

レイ

「却下」

ニベア

「即座に却下された……」

(よかった)

■ 分担決定(なぜか戦闘態勢)

レイは腕を組む。

「……役割分担」

アーモンド

「掃除と配置を担当します」

クリーム

「照明と魔法防湿を」

マイ

「改装します!!」

レイ

「壊すな」

マイ

「努力します!」

ニベア

「私は?」

レイ

「……見学」

ニベア

「ひどい」

(信じると危ない)

■ 作業開始(なぜか楽しい)

干し草を運び出し、木箱を整理し、床を拭く。

汗が出る。

マイは楽しそうに釘を打ち、

アーモンドは寸法を測り、

クリームは小さな魔法陣を刻む。

「アーモンド、右寄せ!」

「了解!」

「マイ、音大きい!」

「ごめんなさい!」

「クリーム、魔力流しすぎ!」

「はいはい!」

ニベアは柱にもたれ、微笑んでいる。

「……楽しそうね」

レイ

「楽しい」

ニベア

「でしょう?」

レイ

「……ただの作業だ」

ニベア

「そういうところ」

■ 夕方、納屋は“部屋”になる

日が傾く頃、納屋は見違えた。

簡易的だが、区切られた空間。

干し草の匂いは消え、木の香りだけが残る。

マイは自分のスペースに満足げ。

「住めます!」

アーモンド

「規律上、問題なし!」

クリーム

「……まあ、許容範囲です」

ニベア

「じゃあ、私は――」

レイ

「家」

ニベア

「……」

レイ

「……昨日の続きは、また今度だ」

ニベアは一瞬、驚いた顔をして――

そして、柔らかく笑った。

「ふふ。逃げるの、上手ね」

レイ

「……生存戦略だ」

■ 夜、静けさが戻る(戻ってない)

夜。

納屋からは、三人の声が聞こえる。

「狭くない?」

「慣れます」

「先生、来ないかな?」

「来ません」

家の中では、レイとニベアが向かい合って座っている。

レイはコーヒー。

ニベアは紅茶。

「……ねえ、レイ」

「何だ」

「ここ、悪くないでしょう?」

「……悪くない」

ニベアは満足そうに頷いた。

「しばらく、居てもいい?」

レイは窓の外を見た。

畑。

星。

静かな島。

「……しばらくだ」

ニベア

「約束」

レイ

「……約束」

こうしてサルトリ村は、

静かで、騒がしくて、面倒で、少し幸せな場所になっていった。

レイは最後に呟く。

「……コーヒーが、うまいな」

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