第4話女王、寝室強襲。剣聖、コーヒーで防御。

――サルコジ島/サルトリ村 深夜

夜のサルトリ村は、星が近い。

海から吹く風が、畑の畝を撫でて、葉の先をさらさらと鳴らす。

港の喧騒は遥か向こう。ここは島の外れ、村民一人、村長一人の村。

……いや。

村長の家の中だけ、戦場だった。

レイ・バァフェットは、キッチンでコーヒーを淹れ直していた。

コポ…コポ…という音が、心を守る結界。

焙煎豆の匂いが、戦闘不能寸前の精神をギリギリ回復させる。

窓の外には畑。鶏小屋。牛小屋。馬小屋。

どれも静かで、平和で、ちゃんと夜をしている。

――なのに背後から聞こえる声だけが、世界線を間違えている。

「私はレイと同じ部屋、同じベッドに寝るわ」

「母上!? そこは私が――!」

「女王陛下、規律が――!」

「規律より愛よ」

「愛って便利すぎません!?」

「黙りなさい!」

レイはカップを持ったまま、遠い目をした。

(……魔王討伐より、今のほうが怖い)

■ 女王、手を取る(拒否権なし)

リビングの中心。

ニベア・カーターは、向かいの椅子に座ったまま微笑んでいた。

深夜でも崩れない完璧な女王の所作。

息をするだけでいい匂い。

笑顔のまま、人の人生を決めそうな圧。

アーモンドは騎士団の姿勢で立っている。

規律と礼儀で心を保とうとしているが、目の奥が燃えている。

クリームは銀髪を揺らし、母への敬意と女としての闘志で顔が硬い。

“母を尊敬している”と“母をぶん殴りたい”が同居している顔。

マイは黒髪を束ね、戦槌を抱えたまま、状況を理解しきれていない。

理解できてないのに、なぜかやる気だけはある。

そしてニベアは、レイを見た。

「レイ」

「……ん」

レイは返事だけする。

会話のテンポは遅いが、逃げる準備は早い。

ニベアは立ち上がり、歩いた。

足音が静かすぎて、逆に怖い。

そして――

レイの手を取った。

女王の手は温かい。柔らかい。

だが、それ以上に逃げられない力がある。

「寝ましょう」

レイ

「……いや」

ニベア

「寝るの」

レイ

「……」

ニベア

「はい、決まり」

(決まってない)

レイが何か言う前に、ニベアはレイの手を引いた。

引っ張るというより、世界の法則がそうなる感じで。

「ちょ、陛下!!」

アーモンドが前に出る。

「女王陛下、それは――!」

ニベアは振り返りもせず、言い切った。

「私は独身に戻りました。昔のままです」

クリーム

「“昔のまま”って言えば全部通ると思わないでください!」

マイ

「え、昔ってなに!? 先生、昔ってなに!? イベント!? 強制イベント!? やばいやつ!?」

アーモンド

「黙れ!」

マイ

「ごめんなさい!」

ニベアはここで、最後の一撃を放った。

「ね? レイ」

全員の視線が、レイに刺さる。

剣聖なのに、刺さる。

レイは――

黙った。

「…………」

アーモンド

「剣聖殿!! 無言は肯定です!!」

クリーム

「先生!! そこは否定してください!!」

マイ

「先生! コーヒー飲んでる場合じゃないよ!!」

レイ

「……うるさい」

(うるさいのは誰のせいだ)

■ 寝室、質素。女王、豪華。

寝室は狭い。

レイの趣味は質素。生活は堅実。投資は無難。

だから寝室も無難。

ベッド一つ。

タンス一つ。

鏡一つ。

机一つ。

余計な飾りはない。

剣聖の部屋というより、真面目な独身おじさんの部屋である。

ニベアは部屋に入ると、真顔で言った。

「相変わらず、何もないわね」

レイ

「……いるか?」

ニベア

「私がいる」

レイ

「……」

ニベアは勝手にベッドの端に座る。

座っただけで、部屋の格が上がる。

恐ろしい。

レイはドアの近くで立ったまま、逃げ道を確保した。

ニベアが首を傾げる。

「レイ。私と目を合わせて」

レイ

「……」

「合わせないの?」

「……」

ニベアは微笑んだ。

優しい笑顔。

つまり、怖い。

「ねえ、レイ。あなた、私のこと……嫌い?」

その言葉は、剣より重い。

魔王の呪いより、刺さる。

レイの脳裏に浮かぶのは――

古い旅。

四人の仲間。

笑い声。

夜営の火。

ニベアの手。

そして、魔神の一撃。

自分が死んで、ニベアが泣いて、寿命を削って蘇生してくれたあの瞬間。

レイはゆっくり息を吐いた。

「……嫌いじゃない」

ニベアの目が、少し潤む。

「じゃあ、好き?」

レイ

「……」

ニベア

「黙るな」

レイ

「……好きだ」

それは、剣聖が剣を捨てるくらいの破壊力だった。

ニベアは、静かに立ち上がり、レイに近づく。

レイは逃げない。逃げると、もっと怖いことになるのを知っている。

ニベアはレイの胸に手を当てた。

銀のネックレスに指が触れる。

「……それ、まだ付けてる」

レイ

「……ああ」

ニベア

「えらい」

レイ

「……意味は分からん」

ニベアは一瞬固まって、そして、笑った。

「ふふっ」

「何だ」

「ううん。あなたらしい」

(意味を教えてくれ)

ニベアはレイの手を取る。

今度はさっきより優しく。

だがやっぱり逃げられない。

「寝ましょう。今日くらい」

レイは――

「……分かった」

と言いかけた。

――その時。

■ リビング側、弟子三人、総抗議の陣

ドンドンドンッ!!

寝室のドアが叩かれる。

アーモンドの声。

騎士団の突撃音声。

「剣聖殿! 陛下! 話し合いが必要です!!」

クリームの声。

魔法剣士の怒りの詠唱。

「母上! 勝手に決めないでください! 私の師匠です!」

マイの声。

ドワーフの天然爆音。

「先生! ベッド狭いよ! 溢れるよ! 布団増やそう!? 増築しよう!? 鍛冶場みたいに!」

アーモンド

「増築するな!!」

マイ

「ごめんなさい!!」

ニベアはため息をついた。

「……かわいい子たちね」

レイ

「……かわいいだけで済ませるな」

ニベア

「嫉妬してる?」

レイ

「してない」

ニベア

「してる顔よ」

レイ

「してない」

(してる)

■ 女王、開戦宣言(そして燃料投下)

ニベアは寝室のドアを開けた。

ドアの向こうには、三人が並んでいる。

アーモンドは正面。

クリームは横。

マイは後ろで戦槌を抱えてる(なんで持ってる)。

ニベアは微笑み、堂々と言った。

「いい? 聞きなさい」

三人

「……」

「私はレイと深い仲です」

三人

「「「は???」」」

ニベア

「私は独身に戻りました。だから昔のまま」

アーモンド

「昔のままって便利な言葉じゃないです!!」

クリーム

「母上、昔のままって、私の前で言わないでください!!」

マイ

「深い仲ってなに!? 深さって測れるの!? ドワーフのノギスで測れる!? 先生、測れる!?」

アーモンド

「測るな!!」

マイ

「ごめんなさい!!」

ニベアは最後に、レイの腕に抱きついた。

「ね、レイ」

レイ

「……」

アーモンド

「また無言!!」

クリーム

「先生!! そこで黙ったら確定です!!」

レイ

「……」

レイは、窓の方を見る。

外は夜。畑。静寂。

コーヒーを飲みたい。

(……コーヒーが、足りない)

■ 剣聖、最終防御:コーヒー

レイは静かに言った。

「……全員、落ち着け」

アーモンド

「はい!」

クリーム

「はい!」

マイ

「はい!」

ニベア

「はい(嬉しそう)」

レイ

「……まず、寝る場所を決める」

アーモンド

「規律で決めます!」

クリーム

「魔法で増やします!」

マイ

「増築します!」

レイ

「増築は禁止」

マイ

「ごめんなさーい!」

レイは淡々と続けた。

「俺は……」

ニベアが目を輝かせる。

「私と――」

レイ

「コーヒーを淹れる」

全員

「え?」

レイはキッチンに向かった。

コポ…コポ…

結界、再展開。

ニベアは楽しそうに笑う。

「ねえ、レイ。あなた、ほんとにぶれないのね」

レイ

「……ぶれると死ぬ」

アーモンド

「師匠、それ戦場の理屈です!」

クリーム

「でも今も戦場です!」

マイ

「先生、戦場でコーヒー飲むの!? かっこいい!!」

アーモンド

「かっこよくない!!」

レイはカップを手にし、窓の外を見た。

「……コーヒーがうまいな」

その瞬間、ニベアが静かにレイの背中に寄り添い、囁いた。

「……ね、レイ。今夜は、逃がさない」

レイ

「……」

アーモンド

「言いましたね今!!」

クリーム

「母上!!」

マイ

「逃げて先生!!……いや逃げないで!? どっち!?!?」

レイ

「……寝るぞ」

全員

「「「「えっ!?」」」」

こうしてサルトリ村の夜は、さらに深く、さらに騒がしく、更けていった。

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