第4話【赤い逃走 パート1】

 ジリリリリリィ!!!──────────


 研究所の地下は、けたたましい警報音に呑み込まれていた。

 天井に突き刺さるように回るパトランプの赤が、コンクリートの廊下を不規則に染め上げている。


 ダッダッダという獣のような走る音。鳶人はそこを駆けていた。

 他の檻や収容された人々に目もくれず、この迷路のような地下通路をひたすら走り続けている。

 目的は『自由』のため。しかし、ゴールは見えない。

 ただ今は、迷いながらも突き進んでいる。


「ハァ……ったく、まるで迷路だなここは……!」


 鳶人はボヤいた。

 30分ほど走っており、疲労が溜まっている。

 しかし、息が切れようと、鳶人は走ることをやめない。

「フォレストの気持ちもよくわかるぜ。」と、真っ赤な通路を進み続ける。


 更に10分走り─────曲がり角を一つ抜けた瞬間だった。

 一つの怒鳴り声が、警報音を割って鳶人の鼓膜を叩いた。

 鳶人は初めて足を止める。


STOP止まれッッ!!!」


 赤く染まる通路のその先。

 そこに、白衣姿の男が三人、横一列に並んで立っていた。

 年齢は30代前後だろうか。

 研究員─────いや、今はもう“研究員”という顔ではない。

 鳶人にとっては、ここにいる人間全てが敵に見える。


 三人とも、手にリボルバー式拳銃を構えている。


「動くな!! その場に座れ!!」


 中央、ハーフなのか、白人面した男が叫ぶ。

 声は震え、見るからに戦闘経験は無い。

 銃口は鳶人の胸元を狙っているが、定まってはいない。

 元極道者の鳶人に言わせれば、『素人』そのものである。


 警報の赤が、三人の白衣を血のように染める。

 額には汗。ツバを飲む音すら、こちらに聞こえてきそうだった。


(銃か─────18年ぶりに見たな。)


 鳶人はゆっくりと、「ハァーッ」と息を吐く。

 頭の中には、妙な静けさが広がっていく。


 恐怖が────無い。いや、正確には『湧いてこない』……。

 何故か、この三人を殺せる感覚が手にあった。


 三人の研究員の方が、よほど追い詰められた顔をしていた。


「き、聞こえなかった……のか!!」

「も、もう一度言う!! 座れ!!!」


 右端の、目の細い男が、金切り声に近い声を上げる。

 拳銃を握る手が、小刻みに震えている。

 鳶人は、両手を上げもしなければ、慌てふためく様子もない。

 ただ、じっと三人を見据えた。


「─────なぁ?」


 低く、掠れた声が鳶人の口から漏れる。

 落ち着き、安静。瞳孔が開く。


「お前ら……研究員だろ?」


 三人の動きが、一瞬……ピタッと止まる。


「人っ子ひとり撃った事の無いガキ共め……覚悟はあるのか?」


 その言葉に、中央の男の表情が歪んだ。


「う、うるさい!! 近づくんじゃない!!」


 ───── 一歩……鳶人が、前へ踏み出す。

 重く、金床アンヴィルのような、自信のある歩み。


 三人の研究員は、揃って半歩下がり始める。

 腰は引け、まるでトラか何かと退治しているような、そんな様子。


「く、来るなッ!!」

「止まれ!! 止まれ止まれ止まれ!!」


 鳶人の足音が、やけに重く響く。

 自分でも驚くほど、床を叩く音が大きい。

 ドタン、ドタン。今までとは……何かが違う。

 高揚感。アドレナリン。全能感……湧き上がる。


 対する距離─────約十メートルに縮む。


「撃てるンならよ……」

 鳶人は、口の端を歪めた。


「撃ってみろよ!!! さぁ!!!」


 その声が響く、次の瞬間。



 ──────────パパパンッ!!



 乾いた破裂音が、警報の中に混じった。

 三人揃って、男達は銃の引き金を引いたのだ。


 空中でキリモミ回転するその鉛玉は、三つ揃って鳶人へ飛ぶ。

 定まらぬ狙いとはいえ、確実に身体をに命中する。

 当然、命中すれば────後を語る必要はない。


 瞬間、鳶人は左腕を顔の前まで掲げた。

 危機迫る人間は、防御姿勢をとろうとする。

 血管が浮き出るほど力のこもったその腕……鳶人も知らぬ、変化を遂げる。



 ──────────ガンッ!!



 金属音。銃弾が、『鉄製の何か』に跳ねる音。

 鳶人の前腕に、三発の弾丸は命中。しかし、出血、傷、ダメージと言えるものは何も無い。

 鳶人含め、四人はその光景に絶句した。


「……な、なんなんだこりゃ!!!」


 鳶人は理解できないその前腕の姿を目撃。

 その左前腕には──────────


 ──────────『外骨格』を纏っていた。


 前腕部、そこが『亀の甲羅』のような……『盾』のような……大きな骨格に覆われているのだ。

 明らかに人間のものでは無い骨格は、なにかの骨のように黄ばんでいる。

 そして圧倒的な硬度を誇ったその外骨格は、銃弾を容易く跳ね返していた。


 研究員たちは、完全に動きを失っている。

 猛獣を前にした、子うさぎのように。怯えていた。

 銃口は下がり、引き金にかけていた指が、力なく震えている。


「効か……ない……?」

「ば、化け物だ……!!」


 誰かが、掠れた声でそう漏らした。

 鳶人は、ゆっくりと外骨格の腕を下ろす。

 そして、三人を見据えた。


 ───瞳孔が、さらに開く。胸の奥で、何かが脈打つ。


 鳶人の恐怖は、もう完全に消えていた。

 あるのは──確信だけだ。


(……あぁ。)


(こりゃあ……『人』じゃねぇ……。)


 鳶人は、一歩踏み出した。

 さっきまでの『人間の歩み』ではない。


 コンクリートの床が、フローリングのように……わずかに軋む。


「俺をこんな風にしたのは─────オタクらだぜ?」


 低く、腹の底から……深いところから響く声。


「次は───こっちの番だ!!」


 三人へ向け、鳶人は再び駆けていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

BORN ARMS《ボーン・アームズ》 @HUBDB01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画