第2話:『離乳食という名の残業と、ポイント長者への道』

転生してから、半年が経過した。  俺、一ノ瀬翔(0歳6ヶ月)の日常は、前世以上に多忙だった。


 朝。目が覚めると同時に【首座りトレーニング(首の上下運動)】を開始。  昼。ベビーベッドの柵を掴んで【懸垂もどき】で上腕二頭筋をいじめる。  夜。全力でハイハイをして【心肺機能強化】に励む。


 すべてはポイントのためだ。  この世界では、行動の結果(スキル習得)が自動でついてくるわけではない。  努力をすれば、まず「EP(エフォートポイント)」という通貨が支払われる。  そのポイントを使って、ショップで好きな才能やスキルを購入するのだ。


 つまり、**「努力した方向とは全く無関係な才能」**でも、ポイントさえあれば買えてしまう。  例えば、死ぬほど筋トレをして稼いだポイントで、【絶対音感】を買うことも可能なのだ。  これがこのシステムの最大の利点(バグ)である。


 そして今日、俺に新たな稼ぎ口が見つかろうとしていた。


「翔ちゃん、今日からこれよー。あーんして」


 昼下がりのリビング。  母親の由美子が、ニコニコしながらスプーンを差し出してきた。  その先端に乗っているのは、ドロドロとした緑色の物体。  ……ほうれん草のペーストだ。


(うわぁ……見るからに青臭そう……)


 俺の中身は38歳の田中健一だ。  ジャンクフードに慣れきった舌に、素材100%の青汁ペーストなど、苦行以外の何物でもない。


 だが、俺の視界に表示されたウィンドウが、俺の意識を変えた。


【クエスト発生:離乳食(ほうれん草)の完食】 【難易度:D】 【報酬:50 pt】 【ボーナス:精神的苦痛(不味い)に耐える +20 pt】


(……一口で70ポイントだと?)


 俺の目の色が変わった。  ハイハイで部屋を一周して、やっと10ポイントだぞ?  ただ座って口を開けるだけで70ポイント。  時給換算すれば、ブラック企業の残業代の数倍は割がいい。


「あー(早くよこせ)」


 俺は大きく口を開けた。  母さんが嬉しそうにスプーンを俺の口に運ぶ。


 ――べちゃり。


 口いっぱいに広がる、強烈な土臭さと青臭さ。  塩味も出汁もない。ただの草の味。  赤ん坊の鋭敏な味覚には、劇物に近い不快感だ。


(……っ、まずい!!)


 脳が拒絶反応を示す。吐き出せと命令する。  だが、俺は耐えた。  これを飲み込めば、ポイントが入る。その一点のみで喉の筋肉を動かす。


 ごくん。


 ――チャリーン。


 脳内で小銭が落ちるような音がした。


【離乳食摂取(一口):完了】 【獲得:70 pt】


 入った。  確実な報酬。即座に反映される成果。  不味い? いや、このポイントの輝きに比べれば、ほうれん草など高級フレンチの味だ!


「あう!(次だ! 次をくれ!)」 「あら、翔ちゃんすごい! ほうれん草を食べたわ! もっと欲しいの?」


 母さんが驚きつつ、次々とスプーンを運んでくる。  俺はそれを無心で飲み込み続けた。


 一口、また一口。  70ポイント、70ポイント、70ポイント……。  俺の脳内通帳の残高が、爆発的な勢いで増えていく。


(ふふふ、貯まる。貯まるぞ! 筋トレより圧倒的に楽だ!)


 やがて、器の中身は空になった。


 ――チャリーン。


【クエスト達成:離乳食の完食】 【コンプリート報酬:100 pt】 【現在の所持ポイント:2540 pt】


 素晴らしい。一回の食事で、今までコツコツ貯めたポイントが倍近くになった。


「あなた! あなた! ちょっと来て!」 「どうした由美子、何があった!?」


 興奮する両親を他所に、俺は冷静に『ショップ』を開いた。  さあ、稼いだポイントを使う時だ。  リストには様々なスキルが並んでいる。


【スキルリスト】 ・味覚遮断LV1:300 pt ・早食いLV1:500 pt ・消化吸収強化:800 pt ……


 俺の指が【味覚遮断】の上で止まる。  これを買えば、明日の離乳食はもっと楽になるだろう。不味さを感じずに済む。  だが……俺は首を振った。  否。不味さを感じなくなれば、「精神的苦痛ボーナス(20pt)」が貰えなくなる可能性がある。  それに、こんな一時の苦痛回避に貴重なポイントを使うのは、社畜根性が許さない。


 俺が選んだのは、もっと未来への投資だ。


【購入:成長促進剤(身長特化・微量) 2000 pt】


 ――決済完了。


 身体の奥がカッと熱くなる。  よし。これで将来の身長がまた1ミリ……いや、2ミリは伸びるはずだ。  前世のコンプレックスを解消するためなら、不味い飯などいくらでも食ってやる。


「翔ちゃん、偉いわねえ。明日は人参よ」


 母さんの言葉に、俺はニヤリと笑った。  人参? 上等だ。  それは俺にとって、オレンジ色に輝くポイントの塊にしか見えていない。

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