努力還元システムで二度目の人生 ~社畜おじさんが0歳から始める、ポイントで才能を爆買いする「完全無欠」のハイスペックライフ~

@takanoyuichi

第1話努力還元システムで二度目の人生 第1話:『38歳の終わりと、0歳の始まり』

努力は裏切らない。  それは、成功者が敗者を見下ろすために吐く、この世で最も残酷な嘘だ。


 202X年、東京。  深夜23時45分。都内にある雑居ビルの一室。  蛍光灯の明滅が、酷使した眼球をチカチカと刺激する。  俺、田中健一(たなか けんいち)は、38年の人生をこの薄汚れたオフィスのデスクで終えようとしていた。


「……やっと、終わった」


 何十回修正させられたか分からないプレゼン資料を保存し、重い身体を椅子の背もたれに預ける。  誰もいないオフィス。コンビニで買った安っぽいカフェイン飲料の空き缶が、デスクの上に山積みになっている。


 俺の人生は、常に「努力」と共にあった。  学生時代、誰よりも教科書を読み込んだ。だが、テストの点数は要領の良い友人に勝てなかった。  就職活動、誰よりも面接対策をした。だが、採用されたのはコネとルックスの良い同期だった。  そして今。誰よりも残業し、誰よりも会社に尽くした俺は、万年平社員のまま身体を壊しかけている。


『田中君さぁ、頑張ってるのは分かるんだけど、センスないんだよね』


 年下の上司の言葉が、脳内でリフレインする。  センス。才能。要領。  そんな曖昧な言葉で、俺の血の滲むような時間はすべて否定された。


「……あーあ。もし、次に生まれ変われるなら」


 立ち上がろうとした瞬間、心臓を万力で締め上げられたような激痛が走った。  視界が急速に暗転する。  指先が痙攣し、床に崩れ落ちる感覚すら遠い。


(努力が、1ミリでも報われる世界がいいな……) (やった分だけ、確実に成果が出るなら……俺は、誰にも負けないのに……)


 無念と後悔。  それが、田中健一の最期の思考だった。


 ――ピロン。


 意識が消える寸前、どこかで電子音が鳴った気がした。


『個体名:タナカ ケンイチの死亡を確認』 『魂の熱量をスキャン中……渇望を検知』 『ユニークスキル【努力還元システム】のインストールを開始します』


 無機質な声が聞こえた。  幻聴か。死ぬ間際に幻聴なんて、俺らしい惨めな最期だ。  意識は深い闇へと沈んでいった。


 ***


 暑い。  そして、眩しい。  全身が何かに包まれているような、奇妙な圧迫感がある。  俺は死んだはずだ。ここは死後の世界か? それとも地獄か?


「オギャー! オギャー!」


 自分の意思とは関係なく、腹の底から叫び声が出た。  え? なんだこれ。  目を開けようとするが、視界がぼやけてよく見えない。世界が淡い光に包まれている。


「あらあら、元気な男の子ですよ」 「よく頑張ったな、由美子」


 知らない女の人と、男の声。  巨大な手が俺の身体を包み込む。温かい。  徐々に焦点が合ってきた。覗き込んでくるのは、若くて優しそうな男女だ。  髪型や服装が、なんだか少し古い気がする。俺が子供の頃のアルバムで見たような……。


「あなた、名前は決めてあるのよね?」 「ああ。翔(かける)だ。『一ノ瀬 翔(いちのせ かける)』。未来へ大きく羽ばたくように」


 カケル?  イチノセ?  待て待て、俺はタナカだ。38歳の疲れ切ったおっさんだ。  状況を整理しろ。過労死した。そして目が覚めたら、赤ん坊になっていた。  ……まさか、転生?  ラノベや漫画で見たアレか?


 混乱する俺の視界の端に、青白く光る半透明のプレートが浮かび上がった。


【氏名:一ノ瀬 翔(0歳)】 【所持ポイント:0 pt】 【状態:転生完了】


「……なんだ、これ」


 声に出したつもりが「あうー」という情けない音になる。  両親らしき二人は「可愛い声ねえ」なんて笑っているが、俺はそれどころではない。  目の前のプレートには、奇妙な文言が並んでいた。


『ようこそ、第二の人生へ。ここは努力が全て数値化され、還元される世界です』


 努力が、還元される?  俺は恐る恐る、自由の利かない右腕を動かしてみた。  赤ん坊の身体は重い。神経が繋がっていないかのように、思うように動かない。  必死に力を込め、プルプルと震わせながら、なんとか一度、空へ向かって拳を突き上げた。


 ――ピロン。


 軽快な電子音と共に、プレートの数字が変動する。


【行動:腕の挙上(負荷:大)】 【結果:1 ポイント獲得】


「!」


 目を見開く。  たった一回。たった一回腕を上げただけで、結果が出た。  上司に評価される必要もない。テストで点を取る必要もない。  ただ行動したという事実が、即座に「数値」として俺の手元に残ったのだ。


 俺は震える指で、心の中に浮かんだ『ショップ』という項目をタップする(実際には念じるだけで開いた)。


【商品リスト】 ・健康な胃腸:500 pt ・視力強化(1.5):1000 pt ・運動神経向上LV1:2000 pt ・記憶力向上LV1:3000 pt ・イケメン補正(目元):5000 pt ・身長+1mm:1000 pt ・ハゲ防止遺伝子:10000 pt


 ずらりと並ぶ、喉から手が出るほど欲しかった才能の数々。  前世の俺がどれだけ願っても手に入らなかったものが、ここでは「値札」が付いて売られている。  つまり……。  ポイントさえ稼げば、俺はどんな人間にだってなれるということか?


 俺の心臓が、過労死した時とは違う意味で早鐘を打った。  これなら勝てる。  天才にも、秀才にも、生まれつきの勝ち組たちにも。  俺という凡人が持ち合わせている唯一の才能、「泥臭い努力」さえあれば!


「あーう! あう!」(やってやる! やってやるぞ!)


 俺はベビーベッドの上で、一心不乱に手足をバタつかせ始めた。  右腕を上げる。1ポイント。  左脚を蹴り出す。1ポイント。  首を持ち上げる。2ポイント。


 ――ピロン。ピロン。ピロン。


 脳内で鳴り響く電子音は、俺にとって勝利のファンファーレだった。  地獄のような筋肉痛が襲ってくるかもしれない。だが、それがどうした。  報われない残業に比べれば、成果の出る筋トレなんて娯楽ですらない。


「あらあなた、翔ちゃんが手足をバタバタさせてるわ」 「元気だなあ! 将来はスポーツ選手か?」


 両親が微笑ましそうに覗き込んでくる。  違うぞ父さん、母さん。  これは、人生というクソゲーを攻略するための、最初の一歩だ。


 ベビーベッドの上、生後数時間の赤ん坊――一ノ瀬翔は、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべながら、ひたすらに虚空へ向かって拳を突き出し続けた。


 現在の所持ポイント:15 pt  ハゲ防止遺伝子まで、あと9985 pt。

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