第3話 革命の事後報告は受け付けません


 数日後。

 アジトに入った瞬間、俺はまず床を見た。次に棚。最後に火薬の区画。


 通路は生きている。

 床は見えている。

 火薬はパンと同居していない。

 そして——マンドラゴラ干物は「踏むと終わる」場所から隔離されたままだ。


 革命軍が「拠点運用」を覚え始めている。

 やめろ。変に真面目になるな。こっちが不安になる。


 天野は相変わらず元気で、初日より少しだけ役に立っていた。

 危険物エリアのドクロ表示は増殖していたが、ちゃんと危険物にしか描いていない。偉い。この勇者正しいこともできる。


 一ノ瀬蒼は壁にもたれて半分寝ている。視線だけ動かして全体を見ている。監視カメラみたいな怠惰だ。


 如月祈は相変わらず俺の背中から半歩の位置。だが前より「ここにいる」顔をしている。


 革命軍の隊員が挨拶すると、小さく会釈だけ返す。これも十分な進歩だ。


 隊長——まとめ役の男が俺に近づいてきた。今日はやけに背筋が伸びている。

「……田島。あなたの言った通りにしたら事故が減った」

「当たり前です。事故が減るようにしたんで」

「それでも……感謝している。あなた方は、我々にとって希望だ」


 いや、そんな大層なものじゃない。

 俺は段取りを押し付けてるだけだ。


「だが、おかしいことが起きた」

「嫌な前置きですね」


 隊長が首を傾げる。

「物が減った」

「……減った?」

「火薬箱が一つ、消えた」


 空気が一段冷えた。


「誰か持ち出しました?」

「知らんのだ。見張りも知らん」

「知らんのが一番怖いです」


 俺は火薬エリアに歩いていき、箱の数を目で追った。確かに一つ足りない。

「……全員、止まって。火薬箱、誰が動かしました?」


 沈黙。


 次に、数人が同時に言い出す。

「動かしてない!」

「知らない!」

「見てない!」


 ……出た。典型。

「全員が知らない時、だいたい誰かが悪気なくやってます」


 そこで、天野が手を挙げた。

「俺が、入口の近くに移した! 敵が来たらすぐ使えると思って!」


「誰かに相談した?」


「……誰にも」


「誰かに連絡した?」


「……誰にも」


 隊長が青くなる。

「勇者殿……! なぜ黙って……」

「黙ってない! 心の中ではめっちゃ喋ってた!」

「心の会議は議事録が残りません」


 一ノ瀬がぼそっと言う。

「……共有されてない情報は、存在しないのと同じ」

「そういうこと」


 俺は天野の肩を軽く叩いた。

「動かしたこと自体は、状況によってはありです。判断としては理解できる。問題は——」

「問題は?」

「誰も知らないこと」


 隊長が呻く。

「確かに……見張りが知らずに火を使ったら」

「その箱が食料だったら平和で済みます。火薬だったら死にます」


 天野が真顔になる。

「……死ぬ?」

「そう、死ぬ」


 天野は小さく頷いた。

「……じゃあ、報告する」


 俺は全員に聞こえる声で言った。

「皆さん。5Sは回り始めました。ここは褒めます。ちゃんと成果が出てる」


 革命軍の何人かが少しだけ誇らしそうな顔をした。出すな。革命軍だろ。

「ただ、基本の基本ができていません」

「基本……?」

「ホウレンソウです。報告・連絡・相談」


 革命軍がざわつく。

「報告は分かる。戦果報告だ」

「連絡は伝令か」

「相談は弱さでは?」

「相談は弱さじゃないです。事故を防ぐための手順です」


 俺は火薬箱を指差した。

「今みたいな良かれと思ってが一番危ない。現場は善意で燃えます」


「……燃える」

 如月が小さく頷いた。喋らないが、頷きは正確だ。助かる。


「今日からルールをひとつ増やします。行動の前に相談。行動したら連絡。結果を報告」

「いちいち?」

「いちいちです。いちいちやらないと、いちいち死にます」


 隊長が腕を組む。

「だが我らは革命軍。各々が現場判断を——」

「もちろん現場判断は必要です。だからこそ共有が必要なんです。判断を組織の判断にするために」


 その空気を切るように、天野が一歩前に出た。

「じゃあ俺が見本やる! 報告します!」


 俺は嫌な予感を抱いた。こういう時の見本は、だいたい事故だ。


 天野は胸を張り、でかい声で言った。

「革命しました!」

「事後報告の革命、ヤバすぎるだろ」


 俺は咳払いして話を戻す。

「いいですか。『相談→実行→連絡→報告』です。逆にすると事故ります」

「了解!」


 そこで、視界に半透明の文字が出た。


【稟議書を提出してください】


「……今?」


 欲しいと思ったら出るのか?

「……はいはい」


 俺が必要事項を提出した気になった直後、床に白い板が落ちてきた。

 つるつるの板。黒いペン。赤いペン。磁石。布。


「ホワイトボードだ!」

 天野が喜ぶ。


「そう。連絡ボード。これで共有します」


 一ノ瀬がぼそっと言う。

「……備品、的確」


 俺はホワイトボードを入口近くに立てた。

「ここに三つだけ書く。『動かす予定』『動かした』『困ってる』」

「字が読めない者は?」

「矢印と絵でいいです。火薬箱の絵、移動先の絵。それで十分」


 隊長が慎重に言う。

「敵に見つかったらどうする」

「見つかったら、板ごと裏返してください。白板の裏はただの板です」


 天野が腕を組む。

「でも俺、喋った方が早いと思う」

「喋るのはいい。問題は相手が聞いてないが起きること」

「聞いてない?」

「聞いてない。組織ってだいたいそうだから」


 俺は天野を見る。

「天野くん。さっきの火薬箱の件、誰にも言ってなかったよね?」

「……うん」

「それです」


 天野は少し黙ってから、ホワイトボードに震える字で書いた。

『火薬箱 入り口近くに移動(天野)』


 隊長がそれを見て、深く息を吐いた。

「……見えるだけで安心するな」

「それがホウレンソウです。安心を作るのが仕事です」


 一ノ瀬がぼそっと言う。

「……情報の置き場が決まると、脳が休まる」

「そう。で、休まった分だけ事故が減る」


 如月はホワイトボードをじっと見ている。

 文字は読めているのか分からないが、矢印を目で追っている。


 俺は今日のノルマを言った。

「火薬箱を元の区画に戻します。戻したら戻したと書く。以上」

「了解!」


 革命軍が揃って返事をした。

 ……返事が揃う革命軍、やっぱり怖い。


 作業は早かった。

 整った通路。決まった置き場。共有された変更。

 たったそれだけで、組織っぽさが一段上がった。


 隊長が俺を見て言う。

「……田島。あなたは革命軍に何をさせている」

「普通のことです。死なないための」


 天野がホワイトボードの前で頷いた。

「相談してから革命する!」

「革命しなくていい」


 一ノ瀬がぼそっと言う。

「……相談が増えそう」

「そこを整理するのが係長です」


 俺は嫌な予感がしていた。

 環境が整って、情報が回り始めると——次は書類が増える。


 視界の端に、半透明の文字が出た。


【週次報告の期限です。】


「……マジか」


俺は天井を見上げた。

「異世界でも、残業確定ですか」


 その頃、城下では騎士団が今日も血眼で勇者一行を探していた。

 俺たちはホワイトボードに「誰が書いたか」を明記するかどうかで、真剣に揉めていた。

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異世界係長 ~王様、あんまり勇者を刺激しないでください。そいつ、革命しちゃうんで~ s @kelpie07

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