名探偵のための探偵
花摘 香
第1話 chapter1 事件が一つ、探偵が二人
依頼をこなすのが探偵であるのなら、果たして今の私は探偵なのだろうか。探偵業を始めるにあたって奮発して借りた一室、ベダイアルの首都ドープのメイン通りの一角のマンションには埃がたまりつつある。以前までは、助手のリーンが掃除を細目にしてくれていたが、依頼が減るとそそくさと荷物をまとめて出て行ってしまった。
ジングル・オーレンは煙草を手に取ると、銀色のシンプルなデザインのジッポで火をつけた。今日だけでもかなりの本数を吸っており、室内は既に煙たくなっている。昨晩捨てたはずの灰皿は、ぎっしりと吸い殻を集めており、それと反比例するようにデスクの隅に置かれた黒電話は一回もならなかった。
今日に限った話ではない。世間の評判というものは、流行り病よりもよく広がる。それが真実であれ、嘘であれ、広がってしまえば状況を覆すのは難しい。尤も、私についての世間の評価というのは真実そのものであり、異議申し立てをする気にもならない。
ドープには探偵が多い。犯罪も多い。それらが正の相関を持つことは、ベダイアルの内外問わず広く知られている。何故、犯罪数が多いのか。それは近年のベダイアルにおける政治情勢の問題に他ならないのだ。言ってしまえば内乱を起こしているのだ。
ジングルは手元に置かれていた新聞を軽く持ち上げる。昨日の早朝に駅前で購入したそれの表紙には、大きな見出しで『リードルテ・フルーの両党、緊張体制続く』と書かれており、向き合う軍隊の白黒写真が掲載されている。
「全く、くだらない」
誰もいない部屋にジングルの独り言が響く。
近年の犯罪のほとんどは、リードルテ党を支持する国民のそれであり、暴動こそまだ無いが、水面下では既にその片鱗を見せているといってもいい。事件が増えれば、探偵も増える。
そうして各国から遠路はるばる集まった探偵たちに、ジングルは仕事を奪われてしまったのだ。
探偵が退屈してしまうような平和な世の中であれば、ジングルは仕事がなくなり路頭に迷ってもよかったのだ。しかし、すぐそこに困っている人々がいて、頼られないというのはジングルにとって面白くない状況だった。
短くなった煙草を吸い殻の上に放ると、勢いを受けて灰が少し舞う。
そもそも、何故リードルテ・フルーの両党がいがみ合うような状態になっているかというと、この国における機械文明の発展に原因がある。
ベダイアルは世界屈指の機械技術を持っていた。その技術を発展させてきたのがリードルテ党である。初めは火薬を利用した機関銃などの軍用兵器を生み出していた。手榴弾、ミサイル、化学兵器にまで手を出したところで国民から大批判を受けた。
大きな力というものはそれだけで恐怖の対象になる。そうして軍拡に否定的な国民が集まってできた組織の名前がフルーであった。フルーは誕生から急速に党員を増やし、支持を得てフルー党として新たな政党になった。リードルテの暴走を、フルーが見張る。そうした体制が出来上がったのが五〇年ほど前だ。しかしこの均衡は、意外にもあっさりと崩れ去ってしまった。これまでのベダイアルを支えてきたのは間違いなく機械技術だ。しかし、軍縮を量る中でその価値は下がり、工場で勤務する国民は貧しい生活を余儀なくされた。リードルテ党支持派の大多数は工場勤務者であり、現状への不満は溶鉱炉に投げ込まれた鉄鉱石の様に熱を増していった。そこに、フルー党の存在である。フルー党は、設立当初こそ国民の総意であったが、しかし現在は国民ではなく、他国との友好関係ばかりを重視している。他国を刺激しないための軍縮と、生きるための収入を得るための軍拡。近年の事件を洗っていると、ほとんど全てにおいて両党の名前が挙がっている。
ジングルは評判が悪いだけで、事件の解決率で言えばそれなりに高い。寧ろ好成績ともいえるだろう。ただ仕事が遅いのだ。真実を暴いた時には、既に犯人は逃走しており、被害が増えていることもあった。慎重すぎる推理は、彼の真面目な性格を鏡のように映している。
灰で埋め尽くされた灰皿を見て、そろそろ捨てなければと席を立つ。最近のジングルの仕事は、こうして灰皿の中身をダストボックスに放ることであり、「探偵事務所ベル」の看板から「喫煙所」に改名する日も近いなと鼻で笑う。
ジングルは灰皿を綺麗にし、あまり良いモノとは言えないベダイアルの空気を、それでも煙たい事務所内に比べればましなものだろうと窓を開けた。外に広がる土と粘度のような汚い空と、日常に疲弊したような顔をしている通行人、排ガスと騒音を撒き散らす自動車。いつもと変わらない、窓の外にはベダイアルの日常が広がっていた。
しかしそんな日常の切れ端に、ジングルの視線は吸い込まれた。事務所の前に、瘦せ型の若い男が立っていて、こちらをじっと見ている。目が合うと、男はニコリと口元を緩め、そうして事務所の呼鈴を鳴らした。
かれこれ数カ月ぶりの依頼者が来た、とジングルは速足で玄関へと向かった。
「こんにちは、貴方がジングル・オーレンさんですか?」
扉を開くと、男性は奇抜な柄の赤いハットを胸元に当て、小さくお辞儀をした。
「ああ、私がジングルで間違いない。君は?」
「僕はピルエット・ギーツです。ギーツとお呼びください」
ピルエット・ギーツと名乗る男は、整った顔をしており、服装を変えれば女性のように見えなくもないな、とジングルは思った。
「ああ、よろしく頼むよ、ギーツ君。とりあえず、上がってくれたまえ。立ち話をするような場所でもないからね」
ジングルがそう言うと、ギーツは再度、頭を下げ事務所に足を踏み入れた。
事務所に招いたギーツをソファに座らせると、ジングルは自分用にと先ほど沸しておいた珈琲を、ギーツの目の前に配膳する。
「すまないね、今は助手が居ないもので」
「いえいえ、ご丁寧にどうも」
そう言うと、ギーツはまだ熱い珈琲を舐めるように口にした。
「それで、ギーツ君。今日はいったい、どのようなご依頼で?」
「ええ、そうですね。そもそもこれは、依頼と呼ぶべきものなのか」
少し申し訳なさそうに、そう呟く。
「まあ、どんなものであれ話を聞かないことには始まらない。話してみてはくれないだろうか」
ジングルがそう諭すと、ギーツは一つ大きめの深呼吸をしてから、ジングルの目をみて口を開いた。
「ジングルさん、僕は探偵です。あなたに僕の扱う事件の推理をしてほしいのです」
阿呆のような表情をしていたに違いない。ジングルは開いた口を閉じることすら忘れていた。
名探偵のための探偵 花摘 香 @Hanatani-Kaori
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