美少女戦士組み立てキット販売会社の俺 ――怪人としてマッチポンプする

五平

第1部『ジャンク・ドリーム:美少女キット投資狂騒曲』

第1話:初期ロットの廃棄処分

 深夜、錆びた潮風が吹き抜ける臨海地区の第十四コンテナヤード。そこは、夢と野心が鉄クズに変わる、現代の処刑場であった。

 上空には、数多の小型ドローンが蜂の群れのように滞留し、無数の赤や緑のレンズを地上に向けている。それらはすべて、動画配信プラットフォーム『ドリーム・チェイサー』に接続された、一攫千金を夢見る大衆の「目」であった。


「……さあ、始まりました! 今夜の『深夜の怪人ハント』、実況は私、借金返済中のダイスケがお送りします! 皆さん、見てくださいよ、この最新の輝きを!」


 派手なライダースジャケットを着た男が、広角レンズのカメラに向かって叫んでいる。その背後には、月光を浴びて白磁のように輝く一体の「美少女」が立っていた。

 ミラクル・ダイナミクス社製、対怪人自律型アンドロイド・キット『セラフィム・初期ロットVer1.04』。

 流れるような銀髪、深い藍色の瞳、そして戦士としての機能を微塵も感じさせない、華奢で完璧な造形の四肢。それが、この狂った時代の「投資対象」であった。


「この子のために、俺は退職金と消費者金融からの借入、合わせて一千万をブチ込みました! でも、今夜こいつが賞金首の怪人を一匹仕留めれば、動画の投げ銭と報奨金で一気に『億り人』の仲間入りです! いけ、セラフィム! 俺の人生を輝かせろ!」


 ダイスケがタブレットを操作し、攻撃命令を入力する。アンドロイドの瞳に電子の火が灯り、彼女は機械的な、しかし鈴を転がすような美しい声で応答した。


「ラージャー。目標、不明。警戒モードに移行します」


 その光景を、ヤードの影、積み上げられたコンテナの隙間から見つめている者がいた。

 ミラクル・ダイナミクス社、営業戦略部長。俺だ。

 だが今の俺は、オーダーメイドのスーツを脱ぎ捨て、異形のラバースーツに身を包んでいる。骨格を歪め、筋肉を肥大させ、人間の理性を「演出された狂気」で塗りつぶした姿――都市伝説として語られる怪人『スクラップ・ジョー』。


(……いい。実にいいツラだ、ダイスケ君。その希望に満ちた顔こそが、我が社の利益の源泉だよ)


 俺は暗闇の中で、怪人の鉤爪をコンテナの壁に食い込ませた。キィ、という耳障りな金属音が響く。

 今、市場にはこの『セラフィム・初期ロット』が溢れている。発売から三ヶ月。性能の安定性が評価され、中古市場にも出回り始めた。それは会社にとって「停滞」を意味する。中古が回れば新品が売れない。初期ロットがいつまでも元気に動いていては、来月発売予定の『セラフィム・マークII』への乗り換え需要が発生しないのだ。


(市場が飽和している。必要なのは、更新だ。それも、痛みを伴う強制的な更新だ)


「……ッ、出た! 出ました皆さん! スクリーンに熱源反応! スクレイパー……いや、スクラップ・ジョーだ!」


 ダイスケの叫びと共に、ドローンのライトが一斉に俺を照らし出す。

 俺はわざとらしく、野獣のような咆哮を上げた。そして、全力で地面を蹴る。重厚な怪人の肉体が、物理法則を無視した速度でアンドロイドへと肉薄した。


「セラフィム、迎撃だ! 超高周波ブレード、抜刀!」


 アンドロイドが背中の鞘から、美しく発光する剣を抜き放つ。それは彼女の購入価格の三割を占める、高額なオプションパーツだった。

 ガキィィィィィィィン!

 俺の鉤爪と、光る刃が激突する。火花が散り、夜のヤードを昼間のように照らし出した。


「うおお! 耐えてる! 耐えてますよ! さすが一千万の投資だ! いける、いけるぞセラフィム! そのまま首を撥ねろ!」


 画面の向こう側の視聴者たちが熱狂し、投げ銭の通知音がダイスケのタブレットから鳴り響く。

 だが、俺は知っている。この初期ロットの肘関節のサーボモーターは、連続する高負荷衝撃に弱い。設計上の仕様だ。そして、俺が今装備しているこの鉤爪は、その関節に微細なクラックを生じさせるために計算された角度で設計されている。


「……無駄だ」


 俺は怪人の声で、地を這うような低い呟きを漏らした。

 二撃目。三撃目。俺はあえて、彼女の剣を受け流し、執拗に関節部を狙って打撃を叩き込む。

 セラフィムの動きが、わずかに、しかし確実に鈍くなっていく。


「え……? おい、どうしたセラフィム! スピードを上げろ! 逃げるな、攻めろ!」


 ダイスケの焦燥。それは視聴者にも伝播し、チャット欄には不穏な空気が流れ始める。

 俺は、今が「その時」だと確信した。


「……廃棄の時間だ」


 俺は、彼女の放った大振りの一撃を、あえて左肩で受けた。肉を裂く感触。怪人のスーツの下、俺自身の皮膚もわずかに切れたかもしれない。だが、そんな痛みはどうでもいい。

 懐に飛び込み、隙だらけになった彼女の右腕――剣を握るその腕の付け根を、両手で掴んだ。


「あ……」


 アンドロイドの無機質な瞳と、俺の怪人の仮面が至近距離で重なる。

 彼女には、恐怖という感情は実装されていない。ただ、状況を打破できない論理エラーが、その美しい顔をわずかに歪ませたように見えた。


 ――メキッ、メキメキッ、パキィィィィン!


 生々しい金属の破断音が、ドローンのマイクを通じて世界中に配信された。

 セラフィムの右腕が、肩から引きちぎられる。複雑に絡み合った光ファイバーと、高価な疑似血液が、夜の闇に鮮やかに飛び散った。


「あああああ! 俺の、俺のオプションパーツがああ! 腕だけで二百万したんだぞ、おい!」


 ダイスケが狂ったように叫び、カメラを放り出して駆け寄ろうとする。

 だが、破壊は始まったばかりだ。

 俺は引きちぎった腕を、ゴミのように足元に投げ捨てた。そして、片腕を失いバランスを崩した彼女の腹部に、鋭い蹴りを叩き込む。


 吹っ飛ぶ銀色の機体。彼女はコンテナに激突し、その衝撃で美しい背骨が不自然な方向に曲がった。


「システム……エラー。修復、不可能。機能、停止……」


 彼女の声が途切れる。

 俺はゆっくりと歩み寄り、横たわる彼女の胸部を踏みつけた。そこには、彼女の頭脳であり、最も高価なパーツである『マスター・コア』が格納されている。


「やめろ! それだけは、それだけは壊さないでくれ! それがあれば、まだ修理して売れるんだ! お願いだ!」


 ダイスケが地面に膝をつき、涙を流して懇願する。

 だが、修理されては困るのだ。中古市場に回されては困るのだ。

 この機体が、完全に、救いようのない「ゴミ」にならなければ、彼は次のローンを組まない。視聴者たちは「やはり初期ロットではダメだ、新型を買わなければ生き残れない」という教訓を得られない。


(君の絶望が、明日の我が社の株価を支えるんだ。誇りに思うといい、ダイスケ君)


 俺は、一気に足に力を込めた。

 バキッ、という、何かが粉々に砕ける音が響き渡る。

 セラフィムの胸部装甲が陥没し、内部のコアが火花を散らして爆発した。彼女の瞳から光が完全に消え、ただの精巧な人形へと成り果てる。


「……嘘だ……俺の、人生……」


 絶望に打ちひしがれるダイスケ。配信のチャット欄は「お通夜」状態となり、一方で「やっぱり初期型は紙装甲だな」「マークIIの予約、間に合うかな?」という言葉が踊り始める。


 俺は満足感と共に、夜の闇へと姿を消した。

 数時間後。俺は港の公衆トイレで怪人のスーツを溶解処理し、一着数十万円のイタリア製スーツに着替えた。髪を整え、眼鏡をかけ、有能なビジネスマンの顔を作る。


 翌朝。

 ミラクル・ダイナミクス社のオフィス。俺のデスクには、既に出社した部下たちが集まっていた。


「部長! 見てください、昨夜のスクラップ・ジョーの暴動で、セラフィム・初期ロットのロスト数が過去最高を記録しました!」

「おかげで、来月発売のマークIIへの事前予約が、今朝だけで一万件を超えましたよ! サーバーがダウンしそうです!」


 部下たちの明るい声に、俺は優雅にコーヒーを啜りながら、窓の外の街を見下ろした。

 街の巨大モニターには、昨夜無残に破壊されたセラフィムの映像と共に、「あなたの夢を守る、さらに強靭な翼」というキャッチコピーを掲げた『セラフィム・マークII』の広告が映し出されている。


「……そうか。それは喜ばしい。我が社の製品を信じて投資してくれるお客様のためにも、供給体制を万全に整えておきたまえ」


 俺は、デスクの引き出しに隠した、昨夜の返り血が微かに付着したカフスボタンを指でなぞった。

 美少女は、壊れなければならない。

 夢は、一度粉々にならなければならない。

 そうしてこそ、この世界は回るのだ。


「さて、次の『需要』はどこにあるかな」


 俺の目の前のモニターには、また新たな「一攫千金」を狙う愚か者が、最新キットの購入ボタンをクリックする瞬間が映し出されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2026年1月20日 20:00
2026年1月21日 20:00
2026年1月22日 20:00

美少女戦士組み立てキット販売会社の俺 ――怪人としてマッチポンプする 五平 @FiveFlat

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ