今を生きる僕らの手にあるもの

 僕の手は小さい。

 ちょっとした物も片手じゃ持てないし、ペンやボトル飲料もよく掴み損ねて落としてしまう。

 家族や友人たちにも「子供みたい」と言われるこの小さな手が、僕のコンプレックスだった。


 手首から中指の先までが、約35センチ――。


 A4用紙より一回り大きい程度しかない僕の手は、平均的な高校生男子が40センチを超えるこの時代では、あまりにひ弱だった。


 だけど今日。

 勇気を出して鳴海さんをデートに誘った。

 このコンプレックスを乗り越えて、彼女との関係を一歩進める。


 今日こそ僕は、鳴海さんと手を繋ぐのだ。




「ごめんごめん、西山くん。ちょっとエアタクシーが遅れて……」


 鳴海さんは約束の時間より少しだけ遅れてきた。小心者の僕は、こんな少しの待ち時間でも不安になってしまう。


 告白を受けてくれたけどやっぱり僕と付き合うのは嫌だったのかな、とか。

 こんな手の小さな奴は男らしくないと思われてるのかな、とか。


 待ち合わせの21世紀博物館のゲート前。

 手を振る彼女の姿を見つけたときは、心の底からほっとした。

 ちなみに私服は白のワンピースで、死ぬほど可愛い。


「ううん。ぜんぜん大丈夫だよ。それより本当のここでよかったの? 鳴海さんが歴史好きなのは知ってたけど……」

「うん。一度見てみたかったんだ。今から500年前の人間の生活ってちょっと興味あって」

「そっか。じゃあいこう」


 そして僕たちは施設の中に入っていく。

 21世紀博物館は、2000年代の日本の文化に触れるため、当時の日用品などが納められている。


 あまりデート向きって感じじゃないけど、僕は鳴海さんと一緒なら正直どこでも良かった。

 むしろ彼女がこの場所に行きたいって言ってくれた時は、自分のセンスが試されなくて助かったと思った。


 本当は僕がしっかりリードした方が良いんだろうけど……。


「見てよ西山くん。本当に当時の人間の手って小さかったんだね。かわいい」

「すごいね。よくこれで物を落とさず生活できたね」


 なぜ人類史という大きなくくりでなく、この時代の博物館があるかと言えば、今と当時では人間の手の大きさが急激に代わり、暮らしや文化が激変したからだ。


 昔の人間の手の大きさは、およそ17〜19センチ程度だという。展示コーナーには、当時の人間の立体模型がディスプレイしてあった。


 ……僕の小さな手と比べてもはるかに小さい手を持つ人間たち。もしそんな時代なら、僕も手の大きさに悩まなかったかもしれない。


 それからも僕たちは館内を見学して歩いた。やはり手の変化は大きかったのか、当時の日用品はどれもこれも本当に小さい。

 鳴海さんが感心したように呟いた。


「すごいね。こんな短期間でここまで変化したんだ」

「進化って本当はもっと時間がかかるものらしいね。でも当時のスマホがどんどん大きくなったから、それに合せて手の大きさも大きくなったんだって」


 へえ、と鳴川さんは展示品から目を離さずに答える。

 僕のにわか知識なんて、歴史好きの鳴川さんはとっくに知っているだろう。彼女を本当に楽しませているのか、いちいち不安になる。


「あ、これが当時のスマホだって」


 彼女が展示の一つに指を差す。それは2000年代のはじめから中期にかけて使われたスマホだった。

 『Nphone 17 pro max』という知らないメーカーの機種で、大きさは高さ約160ミリ、幅80ミリという大きさ。

 今では考えられないほどの小ささだった。


 素直に驚いた。こんな小さなスマホでどうやって操作したんだろう?

 16倍速の8画面同時視聴も、彼女への高速チャット返信も、スケボーにしてギガを稼ぐこともできない。


「……ねえ西山くん。今とはぜんぜん違うかもしれないけど、当時の人たちも必死に暮らしてきたんだよ」

「え?」

「私たちはその子孫だってこと。こんな小さな手と小さなスマホでも、ずっとその血を繋いできたの」


 鳴海さんの言葉にはっとする。

 そうだ。僕は今までずっと手の小ささがコンプレックスだった。だけど、僕なんかよりずっと小さな手を持つ彼らが僕の祖先なんだ。


 中には僕みたいに他人より手が小さくて悩んでいた人もいただろう。

 それでも僕が今ここにいるということは、彼らが血を絶やさずに生きてきた結果なんだ。


 ……僕は、勇気を振り絞って彼女に言う。


「ねえ、鳴海さん。お願いがあるんだけど、いいかな?」

「なーに?」

「僕と……その……、手を繋いでくれませんか?」


 精一杯の告白だった。

 最初に付き合ってほしいと言った時と同じくらい緊張した。

 彼女は少し意地悪そうに笑って、それでも「いいよ」と言ってくれた。


 そうして僕たちは見つめ合う。

 二人の指先が触れる。手首から中指の先まで35センチしかない僕の手が、彼女の手と繋がった。

 彼女の温かさが、僕の中に流れ込んでくるようだった。


 ……きっと、この温もりの愛おしさだけは、いつの時代も同じだったんだ。


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スマホ進化論 片月いち @katatuki

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