スマホ進化論

片月いち

今と未来と手とスマホ

 最近のスマホはデカすぎる。

 手に収まらなくて誤タップを連発し、長時間使っていると重くて腕も疲れる。


 せっかくカメラも性能も上がっているのに、これでは片手落ちじゃないか。もう少し手に優しいスマホを出してくれたらいいのに。

 メーカーはもっと小さなスマホを作った方がいいだろう。


「いや。西野は最新のデカいやつ手に入れて喜んでただろ?」


 俺のこの素晴らしい提案は、友人の瀬田の現実的な一言で黙らせられた。

 高一の夏。将来なんてぜんぜん考えていない、一瞬一瞬を生きていた日の出来事だった。


「そうなんだけどさぁ。やっぱ持ちにくいなぁと」

「我儘な奴だな。買ってくれた親に申し訳無いと思え」


 辛辣だ。だが事実である。

 どうしてもこれが欲しいと親に泣きついたのは俺の方である。

 親は金額を二度見した。見なかったことにして中古を勧めてきた。夏休みの間はバイトをして、自分で半分出すことでようやく了承を得たのだ。


「でも、たしかに最近のやつはみんなデカいよな」

「だろ? なんかどんどんデカくなってる気がする」

「そのうち自分の顔よりデカいスマホになってるかもな」

「いやどうやって使うんだよ、それ」

「ほら、あるじゃん。折りたたみとか。みんなあんな風になるんじゃね?」


 なるほど。折りたたみ。

 あるかもしれない。最近はスマホで出来ることが増えた。

 単純な電話やチャットだけでなく、動画視聴にネット通販、SNSのチェックにゲームと、これ無しの生活は考えられないほどだ。


 知り合いにスマホで小説を書いてるやつもいる。この手の中の一台に、無限の可能性が詰まっているのだ。


「よし。じゃあスマホがどう進化するか予想してみようぜ」

「スマホの進化?」

「そうそう。俺らで第二のスティーブ・ジョブズになろう、西野」


 なるほど。ちょっと面白そうだ。付き合ってやるか。

 帰り道を歩きながら、こんな下らない馬鹿話をするのが、俺たちの日常だった。


「まずスマホはどんどんデカくなる。手のひらどころか自分の身体くらいデカくなる」

「ヤバ過ぎだろ。もうスマホの上に乗れるじゃねーか」

「いいなそれ。未来のスマホは手で持つんじゃなくてスマホの上に乗るんだ。で、体重が測れるようになる」

「なんだそりゃ……」


 瀬田の馬鹿な未来予想図をちょっと想像してみる。デカすぎてスマホの上に乗って操作するようになる人々。ゲームは足でタップするようになり、ダンスゲームが大人気だ。

 ……あれ? ちょっと楽しそうだぞ?


「あとスマホで移動できるようになる。車輪がついててスケボーみたいに乗れるんだよ。トリック決めたらギガが貰える」

「画期的だな。壊れないのか?」

「未来の技術だから大丈夫だよ。あとソーラーパネルとモーターも付いていて自動運転も可能だ。こう……脳波?とかで操作する」


 思うだけで右に行ったり左に行ったりする乗るスマホ。本当にそんな技術があるのかどうかはわからんが、すごく未来的だ。きっと猫型ロボットもいる。


 俺がそう話すと、瀬田は著作権侵害だと言って笑い飛ばした。

 だったらジョブズの真似事はいいのかよ。


 こんなどうでもいいことがイチイチ楽しかった。未来なんて遠すぎてぜんぜん現実感がない。安心して笑い話にできた。


「……でも、俺らもいつか大人になるんだよなぁ」


 二人で話しながら歩いていると、T字路の交差点に出た。

 まっすぐ家に帰るのが惜しくて、よくここに留まってだべり続けた。ここからそれぞれの家に遊びに行くこともあった。


「そりゃそうだろ。俺は未来のスティーブ・ジョブズだぜ?」

「まだ言ってんのかよ瀬田。つーかお前数学苦手じゃん」

「ジョブズって数学か? 生き物だから生物だろ」

「どういう理屈だよ」


 自分が大人になった姿は、霧がかかったようにうまく想像できない。自分のことなのに、ぜんぜん違う誰かのような、他人事のような感じがする。

 特にこれといった夢も希望もない。将来やってみたいことや成りたい姿もない。


 ――いや。


 正確には無いこともない。

 が、別にそういうことでは……。


「お。あったぜ昔のスマホの写真。見てみろよ」


 瀬田がスマホを弄ってると思ったら、写真を探していたようだ。

 兄貴が昔持っていたスマホの写真があったらしい。俺はその画面をのぞき込む。


「うわ。マジで小さいじゃん」

「だろ? 西野のやつの半分くらいの大きさか?」

「わかんねーけど、これ数年前だろ? マジでこのままデカくなったら手で持てなくなるんじゃね?」


 瀬田に見せてもらった写真には、瀬田の兄貴がスマホを片手で操作している姿が映し出されていた。

 別にスマホを撮りたくて撮った写真でもないだろうが、余裕で片手に収まるその大きさは、自分が持っていた前のスマホよりも小さい。


 こんな短期間でここまで大きくなったのだ。スマホに乗れるは大げさでも、未来のスマホは手で操作できないんじゃないかと思う。


「いや。君はまだ常識に囚われ過ぎてるね、西野くん」

「何のキャラだよ」

「“進化論”って知ってるか? 未来はスマホに合わせて人間の手が大きくなるんだよ」


 ダーウィンの進化論なら少し聞きかじっている。

 動物は環境に適応できなかった者から絶滅して、最終的に生き残った形を進化と呼ぶのだそうだ。


 ……ふむ。お手並み拝見といこうか、瀬田くん。


「未来では、デカいスマホで高速でチャットを返せるデカい手を持った奴だけが彼女を作れる。デカい手で倍速視聴して流行に乗り、デカい手でいいねを連打する者だけが子孫を残せるんだ」

「いやいや。それはさすがに無理があるだろ……」

「本当にそう思うか? 今やスマホは生活必需品だ。彼氏がスマホ持ってないとか彼女だって嫌だろう。デカいスマホを持てる人間の方が、子孫を残しやすいんじゃないか?」


 それは……、そうなのか?


 瀬田があまりに自信満々に言うものだから、うっかり飲み込まれそうなほどの迫力がある。

 なんということだ。未来は手のデカさがモテを左右するのか。

 「モテる」とは「(スマホを)持てる」ということだったのだ。


 ……俺は無言で自分の手のひらを見つめる。

 その小ささに少々自信を失くしそうだった。


「どうだ西野。やっぱり俺は第二のスティーブ・ジョブズだろう?」

「いや。どっちかというと似非ダーウィンじゃね?」

「ダーウィンって何した人?」

「進化論だよ!」


 ……まったくこの瀬田という男は。

 いつも適当なことばかり言ってるくせに、たまーにドキッとするようなことを言うのだ。

 そういうところが面白いところでもあるし、ちょっと憧れるところでもある。


 瀬田は、まあまあと、気色悪い笑みを浮かべて近づいてきた。


「……残せればいいな? 西野」

「何がだよ?」

「鳴川との子孫」


 不意に出てきた名前に顔が赤くなる。


 鳴川かれん。


 俺がずっと片想いしているクラスメイトの名前だった。

 あまりに一途に片想いし過ぎて、瀬田にはとっくに筒抜けだった。


「お、お前っ、からかってるだろ!」

「悪い悪い。でも、だったらそのスマホで告白くらいしてみないとなぁ? 手が小さくて子孫が残せそうにない西野くん?」

「うるせー! やったる、今やるわ! こんなスマホぜんぜんデカくねーし!」


 売り言葉に買い言葉。


 以前、本人になんとか教えてもらった鳴川のアカウントへ個別チャットを送る。

 本当はもっと良い雰囲気になってからとか、シチュエーションの妄想だけは経験豊富だったが、まさかこんな風に告白するとは思わなかった。


 話がある、と送った前置きに、意外にも鳴川はすぐに返事を返してきた。

 ニヤニヤと瀬田が笑う。鳴川も用件を催促してくる。


 「好きです」の一言さえ震えた俺には、やはりこのスマホはデカ過ぎたのだろう。


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