ショートコント『手汗』

氷山アキ

 緞帳の向こう、ざわめきが聞こえる。

 舞台上の僕と相方は、緊張しすぎて全身が汗びっしょり。

 この日のために新調した派手な衣装は、この大舞台が終わったらすぐクリーニング行きが決定した。


「ねえ、上手くいくかな……」


 震える僕の手を相方がぎゅっと握り締め、「うわ」と声を上げる。


「なに、『うわ』って」

「いや、手汗がえぐいなあって思って」


 相方は僕のせいにしたが、手汗がすごいのは相方の方だ。


「人のせいにしないでよ」

「いやいやお前の手汗だって。おかげでさっき付けたハンドクリームが溶けた」

「なら、君のハンドクリームが原因だよ。手汗じゃなくて」 


 もはや手汗かハンドクリームか分からないほど、僕と相方の手はぬるぬるしていた。


「手、離しなよ。マイク落としたら大変だ」

「本番前に縁起でもないこと言うなっての」


 そんなに言うならさっさと手を離せばいいのに、相方はいつまでも僕の手を握り締めている。


「離せってば」

「離したくないんだなあ、これが」


 言いながら、僕の指に相方の指が絡み付いてくる。

 瞬間、僕は視線を逸らした。


「幕が上がるよ。そろそろ本当に離して」


 緞帳の外で司会者が僕たちのコンビ名を呼ぶ。

 幕が上がり始めるが、相方はまだ僕の手を離さない。


「……こんな時に言っていいのか悩んだけど」


 相方が僕に振り向き、もう片方の手を握ってきた。


「俺、お前のことが……大好きだ!」


 僕は真顔で相方に返す。


「僕だって……!」


 言い切る前に、幕が完全に上がった。

 スポットライトに照らされた僕と相方は、お互いの両手を握り締めたまま、マイクに顔を向けた。


「「どーもー! たった今! 両想いだと判明した俺たち!『バカップル』でーす!!」」




 僕と相方は漫才大賞を逃したが、次の仕事の連絡は、思っていたよりずっと早かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ショートコント『手汗』 氷山アキ @hiyama_akira

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画