第32話
不死鳥の銀色の翼が空気を裂き、光の波がフェルニゲシュの炎を押し返す。
火柱は空に舞い上がり、爆ぜるような音が街全体に響いた。翼を振るうたびに衝撃波が生まれ、周囲の瓦礫や煙を巻き上げる。
フェルニゲシュは一度空中で身を翻し、炎を渦状に巻き上げて不死鳥を包み込もうとした。
光と炎が再度激突し、真っ赤な火の渦の中に鋭い銀の光が閃く。轟音と衝撃波が交互に響き、下界の建物を揺らす。
砂塵と焼けた匂いが街を覆ったが、方波見たちは、その圧倒的な戦いをただ見つめることしかできなかった。
不死鳥は瞬時に姿勢を変え、翼の端から光の刃を放つ。光は炎を切り裂き、フェルニゲシュの動きを制限した。炎の渦は分裂し、散り散りになって消え去る。フェルニゲシュは怒りの咆哮を轟かせるが、不死鳥は一瞬たりとも隙を見せない。
光と炎の衝突は、まるで天を割るかのような閃光と轟音を伴い、二体の影が上空に巨大なシルエットを描く。
方波見の胸に、恐怖と畏怖が同時に押し寄せる。だが、その目に映る不死鳥の姿は、祈りと希望の象徴だった。
不死鳥はさらに高く舞い上がり、光の波動でフェルニゲシュを押し返す。フェルニゲシュは炎を吹きながら、空中で反撃を試みる。しかし、銀色の翼の一振りごとに光の衝撃が走り、炎は弾き飛ばされ、周囲の空気が震えた。
天高く舞う不死鳥の光と力が、確かに希望の灯火となって街を守っている事実を、方波見は胸に深く刻みこむ。
そんなとき、方波見の胸の奥にふと温かな感覚が芽生えた。
――私は今、この人たちのことを信じている。
自分の記憶を巡る体験、森や東村たちの存在、そして今、ボランティア部の三人が命をかけて守ろうとしている光。
彼らの祈り、信頼、そして自分を助けようとしてくれる思いが、胸の奥で確かに繋がる。孤独で脆かった自分はもういない。
その自覚とともに、方波見の心に新たな力が湧き上がる。
フェルニゲシュの咆哮が耳を裂く中でも、恐怖は少しずつ薄れ、決意と共に自分を支える光が広がっていく。意識の奥で、フェルニゲシュの力が、彼女の自信を前にして揺らいでいることを感じる――弱体化しているのだ。
清水が召喚した不死鳥は、彼女の想いの結晶である。
街を守りたい、事件を解決したい、そして、方波見を救いたい――純粋な願いから生まれた光は、単なる力ではなく、守るべき存在への愛と信頼を伴っている。だからこそ、フェルニゲシュの炎も、荒ぶる力も、不死鳥の前では押し返され、圧倒されるのだ。
方波見は、握りしめていた拳を少しずつ緩める。
その感覚が、フェルニゲシュの意識に小さく、しかし確実な亀裂を生む。孤独に漲っていた力は、仲間の思いに触れることで揺らぎ、凶暴さを少しずつ失っていく。
不死鳥の光は、街と人々を包み込み、絶望の炎に抗い続ける。
方波見はその光を見上げ、胸に力強い確信を抱いた。”希望”とは、こうして誰かの想いと祈りから生まれるのだ、と。
光と炎が空中で激突し、衝撃波が周囲の建物を揺らす。
光の波が炎を押し返し、炎は光に阻まれてねじれる。二つの力は互いに拮抗し、天を割くような爆音が街全体を包む。
不死鳥の翼が放つ銀色の光の衝撃がフェルニゲシュの炎を押し返す。しかし、フェルニゲシュも必死に抗い、炎と怒りで光を受け止める。空中で二つの力がせめぎ合い、まるで世界が一瞬、火と光の渦に包まれたかのようだった。
だが、方波見は確信していた。仲間の想いと祈り、不死鳥の守護の力が、フェルニゲシュを確実に追い詰めている。
光の奔流が中心に集中し、炎は押しつぶされるようにねじれ、力の均衡が崩れた。
衝突の瞬間、フェルニゲシュの炎が徐々に乱れ、形を崩す。
フェルニゲシュは抗おうと身をよじるが、翼に力が入りきらず、重力に逆らえなくなる。
衝撃と共に、フェルニゲシュは校庭へと落下した。
炎は散り、残り火が空気を震わせる中、結晶の鱗が彼の周囲から消え始める。地面に倒れ、微かに蠢くその姿を、方波見はじっと見つめた。
胸の奥に込み上げる複雑な感情。恐怖でも怒りでもない、ただ、申し訳なさと償いたい気持ちだ。方波見は小さく息を吐き、視線を落とす。
「……ごめんね、フェルニゲシュ……」
言葉にしながら、彼女の心に、共に在った時間が剥ぎ取られていくような痛みが一気に流れ込む。
フェルニゲシュは、骨が軋むような呻き声を上げつつ、輪郭を崩壊させていった。残されたのは、耳の奥にこびりつくような呻き声の残響だけだった。
方波見は視線を落とし、膝から力が抜けるのを感じながら、小さく呟いた。
「……終わったのね」
常川は肩で息をしながら、ほっとした表情を見せ、蓮井は口元に軽く笑みを浮かべたまま、目を細めて天を見上げている。
その視線の先で、不死鳥は旋回を始めた。翼を大きく広げ、銀色の光を放ちながら、静かに天へと昇っていく。
頂点に達した瞬間、空全体に細かいひびが入ったかのような光の裂け目が走る。不死鳥は、そのまま眩い残光となって空を満たした。
瓦礫や煙の残るフロアを後にし、方波見は蓮井と常川のあとに続いて屋上へ向かった。階段を一歩ずつ上るたび、胸の奥の緊張が少しずつ和らいでいく。
屋上の扉を押し開けると、冷たい風が顔を撫でた。
方波見の視線は、自然とその中心に吸い寄せられる。
そこには、清水が静かに立っていた。腰に手を当て、風に揺れる髪と服の端が、まるで不死鳥の光の余韻を引きずっているかのように揺れている。
「遅くなってごめん」
清水の声は遠くで響く鐘のように澄んでいて、方波見の胸に静かな安心をもたらした。
方波見は一歩、また一歩と清水に近づきながらも、なかなか口を開くことができない。
言葉よりも先に、ただ生きてここにいることへの感謝が胸を満たす。
蓮井は肩をすくめて、少し照れくさそうに笑った。
「ありがとう、清水」
常川も、まだ少し震えながらも笑顔を見せる。
「生きた心地がしなかったぜ」
清水は微かに笑みを返し、二人を見やったあと、方波見に視線を向けた。
「もう、大丈夫?」
方波見は頷くと、深く息を吸い込み、胸の奥に温もりが広がるのを感じる。
「たくさん迷惑かけてごめんなさい……もう、大丈夫」
清水はゆっくり首を横に振り、柔らかな声で続けた。
「いいのよ、あなたのせいじゃない。人間は誰しも心に弱さを抱えている……そこをあの”竜”につけこまれてしまったんだと思うの。あなた自身が”終末”を心の底から望んでいるようには見えなかったから」
方波見の“映画”を見た蓮井が、清水の意見を補強する。
「僕もそう感じたな。四年前、君は周囲に対して負の感情を抱いていた……そのとき、タイミング悪く”世界の終末を謡う竜”と出会ってしまい、意思の同調が起きたのだろう」
方波見は首を横に振り、きっぱりと言った。
「違うわ。私は最初から周りを見下し、歪んだ怒りを撒き散らしていた。間違った道に進んでいたのよ……気付こうともしなかった。それが原因」
その瞬間、空に残っていた光の裂け目がゆっくりと広がっていった。
精神世界の余韻が現実に溶け込んでいく。現実に戻る時間が近づいている。
方波見はゆっくりと目を開け、四人の顔を順に見渡した。
「そんな私が、今こうしていられるのは……三人のおかげよ。本当にありがとう」
その言葉は、確かな重みを伴っていた。孤独だった自分を救ってくれた人々への、心からの感謝。
蓮井は口元に微笑みを浮かべる。
「……礼なんていい。第一、これは仕事だよ」
その軽口に、方波見の唇もわずかに緩む。
常川も、まだ少し震える手を握りしめながら笑った。
「……ま、俺も同じ気持ち。生きて帰れそうで何より!」
清水は何も言わず、微かな笑みだけを返し、風に揺れる髪をかき上げる。
少し視線を遠くに泳がせ、方波見は小さく呟く。
「……夢から覚めて、現実に戻ったら……生まれ変われたら、向こうでまた会えるかな? あなたたちだけでなく、圭太くんや、東村さんたちにも」
蓮井は何かを言い淀む。
「……それは――」
常川は肘で蓮井を小突き、いたずらっぽく笑った。
「そりゃ、会えるに決まってるだろ。俺たちが忘れるわけないじゃん」
清水は真っ直ぐに方波見を見つめ、頷いた。
「ええ、きっと会えるわ。だから安心して」
方波見も小さく微笑み、頷き返す。
胸に、希望と絆の光が静かに満ちていく――。
四人の間に静かな時間が流れる。
屋上の風が、街の残骸を吹き抜ける。瓦礫に混ざった砂埃、割れたガラス、焦げたコンクリートの匂いがまだ漂っていた。そんな中、方波見は胸に決意を宿し、静かに息を整える。
「……最後に一仕事していくわ」
小さく呟くと、手のひらから淡い光が零れ始める。光はゆっくりと街全体へ流れ、割れた建物の隙間に溶け込み、ひび割れたガラスを繕い、崩れた壁を元の形に押し戻していく。
瓦礫が宙に浮き、光の軌跡を描きながら静かに積み上がる。その光は、街の破壊を癒すだけでなく、方波見自身の胸の奥に刻まれた孤独や痛み、恐怖をもゆっくりと解きほぐしていった。
蓮井と常川、清水は目を見開く。
火事の跡や破壊の爪痕が、光に触れるたびに鮮やかに消えていく。方波見の瞳には、この世界で得た力と経験が映し出され、確かな自信と安心感が広がる。
街の再生と共に、彼女自身の心も少しずつ修復されていく。
方波見は微かに笑みを浮かべた。
風が彼女の髪を揺らす。
「……これで、少しは安心できるかな」
方波見の声は自分自身に向けられたようでいて、周囲にも響く。
彼女はついに、自分自身の心を抱きしめることができたのだ。
蓮井が口元に微笑を浮かべ、常川は感嘆の声を漏らす。清水も静かに頷き、方波見を見守った。
屋上に立つ四人の背後には、再び日常へと戻るための静かな光景が広がっていた。方波見は、少しだけ俯いて呟く。
「……またね」
清水は微笑み、ゆっくりと頷いた。
「うん、またね」
方波見は小さく手を振る。
清水の瞳に、希望と優しさが光る。微かな風に髪が揺れ、光の中に溶けていくように、清水は現実世界へと戻っていった。
蓮井は口元に軽い笑みを浮かべて呟く。
「……じゃあな」
方波見は、蓮井の真似をするように口元だけの笑みを返した。
その瞬間、蓮井の姿は光に包まれ、静かに消えていく。方波見の胸に残ったのは、彼からもらった確かな温もり。
常川は、満面の笑みで手を振る。
「じゃあな! 俺も行くぜ」
方波見は頷き、心からの笑みを返す。
その言葉と共に、常川も光に包まれ、現実へと戻っていった。
屋上には、方波見一人が残る。しかし、胸の奥には孤独はなく、希望と温もりで満ちていた。
精神世界の中で、対峙し、記憶を巡り、救い出してくれた三人の存在が、確かに心を支えている。
光が、ゆっくりと消えていく。
「……さよなら。私の”夢の世界”」
方波見は小さく呟き、屋上の手すりにそっと手を置いた。
この世界で得たすべてを胸に、彼女は現実の未来へ向かって、静かに一歩を踏み出す。
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