第20話
「……今ならよさそうじゃないですか?」
「そうだね」
「二年B組電灯点滅騒動」の翌週、私と亜里沙は、学校を出てすぐ目の前の並木道に立ち、人通りがなくなるのを待っていた。
目的は、魔女さんの能力の影響範囲を探ること。
校外に生えている木を揺らしてもらい、彼女の能力が敷地外まで及ぶかどうかを確認するのだ。
フェンス越しに校舎を見上げる。目線の先、中等部棟三階の窓際に、黒髪を揺らす女子生徒の影が見えた。魔女さんだ――。
ハンドサインを送ると、彼女は小さく頷き返した。彼女は静かに立ち、手は何も触れていない。だが、そのまなざしには集中が込められている。
彼女は、ゆっくりと手を胸に当てた。するとフェンスの向こう側、学校の敷地内にある木々が、風もないのに揺れ始める。枝がざわめき、葉が擦れ合う音が、かすかに並木道まで届く。
しかし、私たちの立つ並木道の木はびくともしない。校外の物体には一切影響が及ばないのだ。亜里沙は含みのある表情で、私の方を見た。
「やっぱり……校外には届かないんだね」
私の声に、彼女は少し肩をすくめて答える。
「……そうですね。影響範囲は、学校の敷地内だけ。意識が強くなるほど範囲は広がるけど、フェンスの外までは届かない」
私は窓から少し視線をずらし、正門を入ってすぐの中庭に目をやる。すると、魔女さんの集中に呼応するかのように、花壇の小さな花や、駐輪場の方向を示す看板も、ほんの僅かだが揺れていた。
カメラを動画モードにして構え、震えるように動く木々をフレームに収める。レンズ越しに見ても、その揺れは現実で、幻覚ではないことがはっきりと分かった。
「すごい……見て、亜里沙。まるで学校全体が、彼女の心の延長みたいに反応してる」
亜里沙は息を呑み、まだ言葉を失っている。私はこのとき、魔女さんの能力について、さらに確認したくなっていた。
「じゃあ、次は校内だね。魔女さんの能力がどこまで届くのか、調べよう」
亜里沙は少し戸惑ったように目を瞬かせるが、静かに頷く。すると、校舎内の窓や扉がわずかに揺れ、エントランスの蛍光灯がちらつくのが見えた。
校舎、教室、木々、花壇――すべてが彼女の意識に呼応している。
私は思わず息をのむ。力の大きさに圧倒されつつ、同時に、”魔女さん”という存在の確かさを強く感じた。
私と亜里沙は、先ほどの並木道からかなり離れ--大学図書館に移動していた。
うちの高校は附属校なので、大学施設や、中等部の校舎も同じ敷地内に点在している。
「魔女さんがいる場所から離れていて、尚且つ、この時間人が少なそうな場所はどこだろう」と検討した結果、大学図書館が浮上したというわけだ。
入り口の改札にIDカードをかざし中に入ると、予想通り、人は全く見当たらない。受付のスタッフもタイミングよく不在だ。裏で作業でもしているのかもしれない。
(司書さん、ごめん!)
私は心の中で、実験場所に選んでしまったことを、先んじて謝罪した。
「マップで見ると、魔女さんがいる中等部棟からここまで、四百メートルぐらい離れてます。今なら誰も見てなさそうですし、絶好のチャンスかもしれません」
亜里沙は、スマホの地図アプリを見ながら、淡々と告げる。
「了解。……亜里沙、今日はありがとね、付き合ってくれて。部活終わりで疲れてるだろうに、ごめんね」
「大丈夫です。こういうの、ちょっとワクワクします」
亜里沙は珍しく、笑みを溢している。
私の方も、少しだけ笑みを返しながら頷くと、亜里沙はスマホに何かを入力した。先ほど魔女さんのところに、私のスマホを置いてきたのだ。メッセージを送れば画面が点灯する。それを合図に、魔女さんが能力を使う――そんな風に、事前に取り決めてある。
亜里沙が、スマホの画面を見せてきた。
『お願いします』と表示されている。
送信ボタンを押すと同時に、胸が高鳴った。亜里沙も画面を覗き込み、息を詰めている。
数秒後。大学図書館の高い天井近く――書架の間に吊るされた照明が、かすかに点滅した。
そして、目の前の棚に並んだ本の背表紙が、ぱらぱらと震え出す。
「……きた」
私の声が震える。
本は一冊、また一冊と抜け出し、宙に浮かび始めた。重力を忘れたかのようにゆるやかに舞い上がり、棚と棚の間をふわふわと漂う。
「これは……すごい」
亜里沙は目を見開いて、口元を押さえた。
私は、震える手でカメラを構え、浮遊する本たちを画面に収めた。記録しなければ――この瞬間を。
レンズ越しに見るこの現象は、CGを使った映画のワンシーンにしか見えなくて、どんどん現実感がなくなっていく。
(これが……魔女さんの力……)
だが、私は同時に、恐怖も覚えていた。
校舎からここまで四百メートル。同じ敷地内とはいえ、大学施設にまで――。
「どれだけ強大な能力なの……彼女は一体何者?」
声に出した途端、胸の底が冷えた。
今はまだ効果範囲も敷地内でおさまっているが、この力がもし、意図せず拡散し続けたら。学校全体だけでなく、外の世界にまで影響を及ぼすようになったら……。
頭の中で問いかけながら、無意識に思ってしまった。これではまるで、本当に魔女のようだ、と。
「……おい、なんの音だよ……これ」
漫画コーナーの方から、男性の声がした。死角になっていて気付かなかったが、人がいたようだ。これはまずい。
咄嗟の判断で私たちが物陰に隠れたのと同時に、本棚の裏から、その人物が姿を現す。現れたのは――同級生のバスケ部員、小田くんだった。
数冊の漫画雑誌を抱え、ぽかんと口を開けて天井を見上げている。そこには、明かりに照らされながら、ゆるやかに浮遊する本の群れがあった。
「ひ、ひい……っ!」
小田の顔はみるみる青ざめ、手に持っていた雑誌を床に落とした。ドサッ、と乾いた音が広い館内に響く。
彼は後ずさりしながら、必死に口を動かした。
「や、やべえ……! 心霊現象だろ、これ⁉」
次の瞬間、踵を返すと、出口の自動ドアへ全力で駆けだしていった。
小田のスニーカーの音は、がらんとした図書館の床を叩きながら遠ざかっていく。
残されたのは、宙に浮かぶ本と、私と亜里沙の二人だけ。
亜里沙が顔をしかめた。
「まずいですね……目撃されました」
「……うん」
私の喉は乾ききっていた。
(考えが甘かったんだ。検証をするのであれば、誰にも見られないよう、緻密に計画を立てなきゃいけなかった……)
怖がって逃げただけなら、まだいい。だが、あれを外で誰かに話したらどうなる?
「幽霊が出た」なんて噂が立てば、魔女さんの存在はますます危うくなる。
私たちは浮遊する本の群れを見上げた。
「……そろそろ止めますね」
亜里沙はそう言うと、再度スマホの画面を操作し、魔女さんに向けて「中止」のメッセージを送った。
その呼びかけに応じるように、本たちはゆっくりと降下を始め、背表紙を揃えて棚に戻っていった。やがて最後の一冊が収まると、照明の点滅も収まり、館内は元の静けさを取り戻した。
ただ、その静けさの中で、私ははっきりと理解してしまった。
――この力を、外の人間に知られてはいけない。
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