第15話

 校庭で起きた不可解な騒ぎから一夜明けても、生徒たちの間では不安げな噂が飛び交っていた。学校側は「設備の不具合」と説明したが、納得する者はいない。

 そんな中、部室代わりの空き教室に、常川と蓮井の二人が先に集まっていた――。

「昨日は大変だったな。警察まで来ちまったし……」

 常川が机に腰をかけ、肩をすくめる。

「仕方ない。あれだけの騒ぎだし、当然だろう」

 蓮井は腕を組んだまま、沈んだ声で答えた。

「でも結局、原因はわからずじまいだ。生徒たちも噂ばかり広げているし……」

「だよなあ。ま、俺たちにとっちゃ“現場を目撃した”っていう貴重なネタにはなったけど」

 常川は苦笑を浮かべ、すぐに表情を引き締めた。

「怪我人の状況について聞いたけど、どうやら椅子に当たって骨折した奴がいるらしい。あとは、逃げるときに転んだり、押し合いで擦りむいた程度……それに、ボールが当たって青あざになったやつが何人かいたくらいだ」

 蓮井は窓の外に視線を移し、低く呟いた。

「……だが、このままではいずれ誰かが命を落としかねない。犠牲者が出る前に、早めに手を打たないと」

 あの不可解な現象と、冷静にシャッターを切っていた女子生徒。

 ――必ず、何か関係がある。

 

 そのとき、息を切らせた清水が教室に駆け込んできた。

「二人とも、待たせたわね」

「お、情報屋さんの登場だ」

「茶化さないで。ちゃんと調べてきたの」

 清水はバッグからノートを取り出し、ページをめくりながら言った。

「写真部は今日、校外活動の日みたい」

「どこに行ってる?」

「市内の商店街。スナップ撮影だって」

 常川が腕を組み、にやりと笑った。

「なるほどな。だったらこっちも現地調査だ」

 蓮井は短く言い切る。

「人通りが多い。手分けをしよう。全員で動くより、三方向から探した方が効率的だ」

 清水は頷き、地図を広げた。

「蓮井君は商店街の中心辺り、常川君は裏通りをお願い。私は隣駅のアーケードを回る」

「任せろ。俺の勘にかかれば、あっという間さ」

 常川は気楽な声で笑い、清水は呆れたようにため息をついた。

 こうして三人は、それぞれの方向へと歩き出した。

 ――カメラを持った、”眼鏡の女子生徒”を探すために。


 人通りの多い商店街を歩きながら、蓮井は周囲を鋭く観察していた。

 歩道の端、ベンチの上、カフェの店先――確かにカメラを手にした生徒たちの姿はちらほら見える。しかし、あの夜に見た「眼鏡でポニーテールの女子生徒」はまだ見当たらない。

 そんなとき彼は、自分のすぐ近くで、二人組の女子生徒が立ち止まって談笑してることに気づいた。手にはカメラ。制服の腕には、確かに『萩架根市立大学附属高等学校 写真部』の腕章が巻かれている。

 蓮井はためらわず歩み寄り、声をかけた。

「すみません。少し伺いたいことがあるのですが」

 二人の女子生徒は振り向き、不思議そうに首をかしげる。

「はい?」

「この商店街に、眼鏡をかけていて、ポニーテールにしている二年の女子部員はいませんか? 腕まくりをしていて、落ち着いた雰囲気の……」

「え、ああ、それって――」

 一人が目を見開き、隣の子と顔を見合わせる。

「ネネカちゃんのことじゃない?」

「多分そうですよね。……もしかしてヒガシムラ先輩にご用ですか?」

 ”ヒガシムラ ネネカ”――。

 その名前を耳にした瞬間、蓮井の胸は一瞬高鳴った。

 しかし余計な説明をするのは危険だと判断し、彼は表情を変えずに短く答える。

「……ああ。実は、どうしても彼女に会わないといけなくて」

 二人の女子生徒は同時に「えっ」と声を上げ、顔を赤らめた。

「え、もしかして……告白ですか?」

「やだ、名前も知らないのに想いを伝えるなんて、ドラマみたい~!」

 蓮井は面倒くさそうに眉をひそめたが、すぐに口をつぐんだ。ここで余計な説明をしても混乱を招くだけ――そう判断する。

「……ああ。そ、そうだ」

 肩をすくめて、彼は早口に続けた。

「じ、実は今日こそ、彼女に想いを伝えようと思っているんだ。だから、居場所を教えてください」

「きゃー! 本当に!? 青春だね!」

 二人は顔を見合わせ、いたずらっぽく笑う。

「ネネちゃん、確か……そこの裏路地の方で撮ってたと思います」

「そうそう、喫茶店の角のところ。きっとまだいるはずですよ」

「有力な情報、ありがとう」

 蓮井は一礼し、教えてもらった方向に歩き出した。

「頑張ってくださいね~!」

 二人からの浮かれた歓声を背に受けながら、足早に立ち去る。

 その背中は、恋に燃える少年のものではなく――ただ、真実に迫ろうとする探索者のそれだった。

 裏路地に入ると、そこは商店街の喧騒から一転して、静けさに包まれている。

 すると――目の前で、茶トラの猫が器用にフェンスをよじ登ろうとしていた。

 さらに、その瞬間を逃すまいと、女子生徒がカメラを構えている。

 眼鏡、ポニーテール、腕まくり――間違いない。”ヒガシムラ”だ。

「すみません――」

 蓮井が声をかけた。

 しかし彼女は振り向かない。ファインダーを覗いたまま、シャッターを切り続けている。

 猫がフェンスの上に乗る。すかさず角度を変えて、また一枚。

 カメラの電子音だけが、裏路地に規則的に響いた。

「……聞こえていますか?」

 苛立ち半分、不思議さ半分でつぶやく蓮井。

「ちょっと待ってねー……」

 女子生徒はカメラのファインダーを覗いたまま、空返事のようにそう言い、猫を追いかけ続けている。

 東村の背中を見つめながら、蓮井は心の中で呟いた。

(こんな呑気な人物が、本当に何か知っているのか?)

 静かに息を吐く。

「こっちを向いて……そうそう、いい子だ」

 ヒガシムラは笑みを浮かべ、猫に話しかけている。

 ――このままではらちが明かない。

 蓮井は女子生徒に片手を向け、意識を一点に集中させた。

 

 ――〈チャプター・ハウス〉。

 心の中でそう呟く。光が彼を包み込み、視界がふっと暗転した。

 次の瞬間、蓮井は街の雑踏から切り離され、暗く静かなミニシアターにいた。

 周囲には何もなく、ただスクリーンが目の前に浮かんでいる。

「この能力、ポップコーンでも出してくれたら、気が利くってもんだけど……」

 蓮井は深く腰を下ろし、ゆっくりと息を整えた。

 

 カタカタと映写機の音が響き、スクリーンが淡く光り始める。

 

 映し出されたのは、放課後の写真部室。

 窓から差し込む夕陽が、書類棚のガラスに柔らかく反射している。

 部室には――ヒガシムラが一人でいた。

 机の上でカメラの設定を確認し、レンズを丁寧に拭きながら、今日の撮影に備えて準備をしている。

 

 こうして、「ヒガシムラネネカ」の物語が、観客一人を伴って幕を開ける。

 蓮井は真剣にスクリーンを見つめ、彼女の動きを追い始めた。

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